その目から発せられる強烈な力で存在感を作品に残す俳優・笠松将と、作品ごとにまったく印象が変わる不思議な力を持つ女優・阿部純子。

2人の魅力を生かし、幻想的な映像にリンクさせ、人々の思いをつなぐ温かさが詰まった作品を作り上げたのが金子雅和監督だ。

2月19日(金)公開の映画「リング・ワンダリング」は、初長編作「アルビノの木」(2016年)が海外映画祭で20もの賞を獲得した金子監督の2本目となる長編映画。

昨年11月に行われたインド国際映画祭でコンペティション部門の最高賞である金孔雀賞(ゴールデン・ピーコック・アワード)を受賞した。

本作は、人間の生や死に実感のない東京の若者・間草介(笠松)が、不思議な女性・川内ミドリ(阿部)と出会い“命の重み”を知る、過去と現在が織り交ざる幻想譚。

漫画家を目指す主人公の草介を演じたのは、大河ドラマ『青天を衝け』、『岸辺露伴は動かない』(共に2021年/NHK)、春にはWOWOW×ハリウッド共同制作オリジナルドラマ『TOKYO VICE』が配信されるなど話題作に立て続けに出演している笠松将。

草介が出会う女性・ミドリを演じたのが、映画「リアル鬼ごっこ2」(2010年)のヒロイン役として女優デビューし、その後、ニューヨーク大学で演劇を学び、海外作品にも多数出演する国際派女優の阿部純子。阿部は、梢という女性も演じ、まったく違う2つの役柄を演じ分けた。

今回、笠松と阿部にインタビュー。役柄への向き合い方に加え、金子監督ならではの緻密に計算された演出方法などを聞き、“目に見えない”記憶や思いを描き続けている金子作品の世界観にも迫る。

「金子監督と会話を繰り返して、物語の小さなピークを詰め込んだ」(笠松)

漫画家を目指す草介は、幻のニホンオオカミを題材にした漫画を執筆中だが、肝心のニホンオオカミがうまく描けずに悩んでいる。そんなある夜、バイト先の工事現場で、逃げ出した犬を探すミドリと出会う。転倒し、足をけがしたミドリを、彼女の実家である写真館まで送り届けるが、そこは見慣れた東京の風景とは違っていた…。

草介は、ミドリとその家族との出会いを通じて、その土地で過去に起きたことを知ることになる。

笠松、阿部ともに金子作品は初参加。笠松は、「この作品に関しては、自分がどう見えるかというのはあまり意識していなくて、全体がどう見えるか、草介がどう感じるのか、それをどう表現するかということが、僕にとってすごく大事でした。だから、『もうちょっとこう演じた方が、作品に波がしっかりできておもしろくなりますか』『ここでワンポイント、こういうのを入れられますけど』『こういうのはどうですか?』というような提案を、監督にたくさんさせていただきました。そんな会話を繰り返して、物語の小さなピークを詰め込みながら作っていきました」と振り返った。

「一貫していたのは、監督は作りたいものが明確に見えていたこと」(阿部)

2役に挑んだ阿部は、2つの現場を経験したことで、金子監督を多面的に見ていたようだ。

「最初の撮影が、草介の漫画を実写で演じるシーンだったのですが、キャストの長谷川初範さんと監督がものすごく積極的にお芝居についてお話されていたので、熱量のある方という印象でした。でも、笠松さんと一緒のシーンでは、金子監督はまた全然違うアプローチをされていて、周りの環境によって柔軟に対応する方だと思いました。ただ、一貫していたのは、金子監督のイメージがはっきりしていて、違うと思ったものに関しては『違うからもう一回』と、何度でもテイクを重ねていくこと。

でも、決して『こういうふうにやってみて』とはおっしゃらないんです。『もう一回』『もう一回』というだけで。それはきっと、監督は作りたいものが明確に見えていて、それを私たちに気づかせて引き出そうと思ったからなのかもしれません」と感想を述べた。

笠松も、監督からの「もう一回」を何度も経験したといい、「監督は、めちゃくちゃやさしいんです。やさしいからこそ、『違う、もう一回』と言われると、かえってダメージを食らう感じで。ただ、いろいろと試行錯誤するうちに、監督と阿部さんは似ているタイプだと感じました。2人ともやさしくて穏やかで、感情をあまり表に出さないんです。僕は、『もっとこうしたい』など別の方法も提案したいタイプなんですけど、阿部さんは『もう一回』と言われると、『はい』といって何も言わずにやり直すんです。

2人を見ていて『やり方を間違えたかも?』とちょっと焦ったりしたこともありました。でも、この現場に携わったことで、言われたことを(何も言わず)やってみるというのは、すごいことだと気づいたし、すごく勉強になりました。

また、明確なプランがあって撮影を進める監督はすごい人だと理解していましたが、できあがった作品で、繊細なところまで計算されているのを見て、改めて監督のすごさに感動しました。もしかしたら、僕がガチャガチャ言ってくるのまで計算して作っていたようにも思えて、手のひらで踊らされていたんじゃないかと思ったくらいです」と、金子監督の演出とその作品を絶賛した。

「3つの世界の核となる草介。大事にしたのは“変えないこと”」(笠松)

本作は、3つの世界から構成される。草介が生きている現代、ミドリが生きる世界、草介のマンガの世界だ。物語は、草介を中心に3つの世界がリンクしながら登場人物たちの思いが一つにつながっていく。

3つの世界の核となる草介を演じる上で、笠松は「確かに、草介は時代を超えているんですけど、ミドリやその家族に出会っているのは一瞬なんです。だから、その状況に気づいていないので、何も変えないことが大事だと思いました。会話がかみ合わなくても、相手が『ん?』となるから、こちらは『えっ?』っていうくらいのリアクションで。

ミドリの家でドジョウを食べるシーンがあるのですが、草介は初めて食べるドジョウに反応するだけですからね。こちらが違和感を作らない方が、見ている人に違和感を持ってもらえると思ったので、草介としては何もしないことを心がけました」と、違和感の所在を意識していたという。

「頭で理解しようとしないで、作品の世界に入ることを心がけた」(阿部)

一方、阿部は、時代もシチュエーションも違うミドリと梢の2役を、見事に体現した。

難しい役柄を、どのように消化し演じたのかを聞くと、「草介が観客の目線だと思ったので、なるべく『私たちの方が当たり前なんだ』という態度を見せた方が、作品の世界観を作る一部になると思いました。そのために、違和感なくいかにそこにいるかということを常に考えていました。

だから、草介が『えっ?』ってなった時も、それが当たり前だという自分でいられるように、父親役の安田顕さんや母親役の片岡礼子さんとの家族のシーンは、『これが自然なんだ』というのを感じながら演じていた気がします。頭で理解しようとしないで、作品の世界に入ることを心がけました」と、語った。

 “目に見えないものの存在”の尊さを問う金子作品

金子監督は、本作を作ろうと思ったきっかけを、「生まれ育った東京が、オリンピックに向けて開発が進み、まるで土地の記憶を上書きしていくかのように真新しい建造物やコンクリートに覆われた」風景を見た時、「地面の下には、76年前の戦争の大空襲で亡くなった10万人以上の命が今も報われぬまま埋まっている」ことに思いを馳せ、「そこに生きていた者たちの記憶は、ずっと存在し続けているのではないか」と思ったことだと語っている。

かつて日本の生態系の頂点にいたとされるニホンオオカミという題材を登場させた理由については、「たくさんのものが消費され、捨て去られ、忘れ去られていく2020年代に、私が“かつてここにいたもの”や“記憶”といった目に見えない存在を劇映画として描き出したいと思った時、目に見えないもの=日本社会から失われたものの象徴として、ニホンオオカミのイメージが浮かびました」と説明。

6本の短編映画を含め、これまで荘厳な自然と人間の関係性を描いてきた金子監督。初めて東京を舞台に、その土地や人々の記憶と向き合った作品となる本作は、戦争で失われた“記憶”と、日本から姿を消した“ニホンオオカミ”の存在が結びつき、奇跡的に生まれたといってもいいかもしれない。

“見えていないものが存在する“というテーマを描き続けている金子作品に携わったことで、笠松と阿部は、自然界に働く不思議な力についてどんなことを感じたのか。

笠松は、「僕は、オカルトとか心霊はあまり信用していませんが、人の思いとか気持ちというのは、絶対に存在していると思いました。愛や恨み、喜び、悲しみ…そういう感情は、場所でもモノでも人でも言葉でも、ずっとあると思います。たとえば、僕が何気なく飲んでいる水だって、歩いている道だって、だれかが必死に作ったもの。何にでも物語があって、それを知ることでより愛着や大切にしようという気持ちが湧くと思うんです。

日常でも、『この人からもらったから大事にしている』とか『この人が好きだったものだから大事にしている』など、だれでもそういう物語がありますよね。目に見えないけれど、その思いはずっとつながっているということを、とても強く感じました」と語った。

阿部は、「見えないものが現れたりするのは、ホラーなどでない限り、映像で表現するのは難しいと思うんです。でも、この作品は、それが全面に出ていて、それがなければ作品自体も成り立たない。だから、新しいアプローチ方法で人の思いを可視化した作品だなと思いました。

金子監督の作品は、そういうテイストのものが多いと思います。人間だと思っていたものが、実は動物で、人間がだまされていたり。その着眼点は、ちょっとファンタジックですが、そういう世界の見方があるんだったら、今生きている時間軸以外にも、別の世界があってもおかしくないのかなって。人の思いがずっとつながって今があるから、目に見えないものこそがつないでくれている今なんだ」と、目に見えない神秘的な力を感じたようだ。

タイトルの「リング・ワンダリング」とは、登山用語で、方向感覚を失い、無意識のうちに円を描くように同一地点を歩くことをいう。円形にさまよい歩くという意味だ。

袋小路に迷い込んで将来が見えない草介が、現在と過去、そして、自分の作品世界の中をさまよい歩く。そこで、さまざまな“思い”に触れた時、その先に何を見つけるのか。

さまざまな人の思いが積み重なって今がある。その思いが解き明かされたラストシーンを見た瞬間、きっと温かい涙がこみ上げてくるだろう。

撮影:YURIE PEPE

取材・文:出口恭子

<笠松将>スタイリスト:徳永貴士 衣装協力:ザ ヴィリディアン ヘアメイク:松田陵(Y’s C)

<阿部純子>スタイリスト:菅沼愛 衣装協力:ワンピース(tiit Tokyo)、ブラウス(the.pr_) ヘアメイク:長谷川大志

映画「リング・ワンダリング」は2月19日(土)より全国順次公開

配給:ムービー・アクト・プロジェクト

©2021リング・ワンダリング製作委員会

最新情報は、映画「リング・ワンダリング」公式サイトまで