ミュージカルや演劇をメインに活動し、確かな演技力と歌唱力、華やかなビジュアルを武器に活躍する新納慎也が、Musical「HOPE」で演出家デビューすることになった。

Musical「HOPE」は、著名作家の遺稿の所有権をめぐり、長きにわたりイスラエルで実際に繰り広げられた裁判をモチーフに描かれた法廷劇。2017年に韓国芸術総合学校の卒業制作として誕生し、第4回韓国ミュージカルアワードにて大賞を受賞するなど、高い評価を得ている。

そんな本作は、女優・高橋惠子のミュージカルデビューでも注目を集める話題作。錚々たる演出家とタッグを組んできた新納ならではの演出家としてのこだわりや、自身がプライベートで執着するものを尋ねた。

主演・高橋惠子のインタビュー<高橋惠子 芸能活動51年でミュージカルデビュー!「初めてのボイストレーニングは目からウロコ」>はこちら。

役者仲間が「本当にお金を稼ぎたいのなら、新納は役者をやめて演出家になるべき」だって

――まずは、今回演出を担当することになった経緯から聞かせてください。

僕は大学で演出の勉強をし、当時すでに何本か手がけていました。俳優になってからも「いつか演出をしてみたい」と言い続け、35歳を過ぎたあたりから何度かお話をいただいたのですが、なかなか実現には至らなくて。

この「HOPE」のプロデューサーと別の作品をやっているとき、とある日本映画を「ミュージカル化したら絶対に面白くなる」と提案したところ、「実現させましょう」となったんです。台本や歌詞を書き上げるところまではいったのですが、残念ながら権利の関係などで上演にはこぎ着けませんでした。

でも、僕に演出の意志があることが伝わり、急遽、今回のお話をいただいたんです。プロデューサーいわく、稽古場での僕の居方や発言から「やれるのではないか」と判断してくれたみたいで。勇気ありますよね(笑)。

それと、役者仲間に「本当にお金が稼ぎたいんだったら、役者なんかやめて演出家になるべきだ」と言い続けてくれる人がいるんです。他には「えっ、そんなこと昔から思ってたの?」という人もいれば、「いつかやると思ってた」という人も。後者は、僕のことを見抜いていますね(笑)。

――この作品のことは知っていましたか?

まったく知らなかったです。演出の話をいただき、何本か候補を出してくださった中から、この「HOPE」を選びました。

――「HOPE」を選択したのはどのような理由からですか?

直結するテーマではないのですが、コロナが現れてから感じたことや、自分の身の回りで起きたこと、それはきっと皆さんも同じで、そこに刺さるテーマでもありましたし、何より老婆が主役という設定がおもしろいなと。

さっき話したミュージカル化したかった作品というのが法廷ものだったのですが、法廷ものってすごく演劇的だと思うんです。残酷だし、関係ない人たちが有罪か無罪かをその場で判断し、被告の人生が左右されてしまう。人が人を裁くことへの「神か?」という疑問。そのあたりの無情さが演劇向きだと思っていたんですね。そして、この「HOPE」も法廷で繰り広げられる物語なので、上演してみたいと思いました。

――特に魅力を感じたのはどのような部分でしょう?

執着やこだわり、何かに縛られることをテーマにしているのですが、それって誰にでもあるもので、何かにとらわれることがアイデンティティとなる。僕の場合は、俳優・新納慎也であることが人生だし、プライドだし、アイデンティティ。これを手放すなんて考えたこともないんですけど、この作品に関わって初めて、“新納慎也”にとらわれていたのだと自覚しました。

たとえば、親が亡くなるのは悲しくつらいことだれけど、親が亡くなって初めて自分の人生をつかんだという人もいる。心配させないために、親の前でいかにいい顔をするか、親のために自分は生きてきたのだとそこで気づかされるんです。

そういう意味でこの作品は多くの人に共感してもらえる、もしくは気づきを与えることができる、盲点をついた作品であると。

コロナ禍だからこそ、僕たちは人生を振り返る時間もあったし、新しいライフスタイルを送らざるを得ない状況になった。エンターテインメントにおいても、演劇も音楽も映画もすべて止められ、自分たちがやってきたことは何だったんだろうと考えさせられた。そんなときにこの作品と出合い、とても響いたので、お客さまにも今、届けるべきだと思いました。

「演出をつけている姿が見たいから稽古場に行きたい」と三谷幸喜さんが(笑)

――新納さんはこれまでいろいろな演出家とタッグを組んできましたが、この人のここを参考にしたいという部分はありますか?

全員ですね。これは僕の強みでもあり、弱点でもあるのですが、僕はどこかの劇団に入り、主宰から演出をうけ、その人のDNAを受け継いでいるわけではない。だけど、いろいろなプロデュース公演への出演を重ねてきたということは、それだけいろんな演出家と仕事をし、しかも、名だたる方の演出を受けてきたので、その演出家のDNAが僕の中に蓄積されている。これは武器だと思っています。

――今夏には三谷幸喜さん作・演出「日本の歴史」に出演しましたが、新納さんが演出家デビューすることに関して三谷さんのリアクションは?

三谷さんに「今度演出をやるのでアドバイスをください」と告げたら、軽いアドバイスがありつつも、「新納慎也が演出をつけている姿を見たいから、稽古場に行きたい」と言い出して。「稽古場に三谷幸喜が座っているなんて、そんなことはできない」と丁重にお断りしました(笑)。

――稽古中、灰皿を投げる予定はありますか(笑)?

ないない(笑)。普段から怒鳴り散らすような性格ではないので。役者として作品に携わるとき、顔合わせをして本読みをして、そこから1週間~10日ぐらいでセリフを覚えるのですが、その間、演出家は役者にセリフが入るのをずっと待っているんです。そして、立ち稽古初日には「やっとここまで来た」と感じることができる。

ある演出家が「僕たちの仕事は稽古が始まった時点で半分終わっている。劇場に入るころには、もう仕事はない」と言っていて、なるほどなと。稽古が始まるまでに演出家はこんな思いを抱えていたのだと確認できたことは、今回の発見でした。

感覚や経験からのジャッジこそが僕ならではのこだわり

――今回の公演が発表になったとき、「あなたの宝物は?こだわりは?執着しているものは?とらわれているものは?」というコメントを出していましたが、新納さん自身の答えを聞きたいです。まず、宝物は何ですか?

まわりの人ですね。僕は人がとても好きで、親はもちろん、友人、スタッフ…今まで出会った人たちすべてが宝物です。

――こだわりは?

こだわっていることってあまりないんですよね。日本版「HOPE」を上演するにあたり、言葉にするのが難しいのですが、たとえば美意識や品格、リアリティなど、もうちょっと深いところまで表現したいと思った。オリジナルの韓国側からも日本のお客様に合わせていただいて…というお言葉もあり、自分が手がける作品ならなおさら変えないとイヤだなと。自分の感覚や経験からのジャッジにこだわっているんでしょうね。それがこだわりかな。

――執着しているものは?

これもこだわりと一緒で、何事もパッパッと進めていくタイプだからあまりありません。宗教観もないですし、占いにも興味がない。信じるのはすべて自分の感覚。もし、人生の分かれ道があって、どちらかを選択するとなったときにどうしたいかを冷静に考えます。

――とらわれているものは?

これは僕自身も考えたのですが、“新納慎也であること”かな。たとえば、バラエティやトーク番組に出演する際、「新納さんだから、ちょっとは毒を吐いてくれるんですよね」みたいなことを言われると、そうしなければといけないんだと、発言に毒を盛り込む。新納慎也像に寄せるというか、期待に応えてしまう自分がいるんです。

僕は10代のころから仕事をしていて、もっと遊んでもよかったんでしょうけど、夏に日焼けをしたいと思ってもモデルは夏場に冬物の撮影をするから、焼くことができない。今思うと、そんなふうに自分のやりたいことを制限していた、とらわれていたのだと思います。

――それを手放すことを考えたことは?

今回、考えました。この作品について妄想したときに、「新納慎也を手放したらすごくラクなんだろうな」と思いました。

――最後に、公演を楽しみにしている皆さんへメッセージをお願いします。

年代や性別、生きてきた環境によって感情移入するかどうかも変わってくると思うのですが、僕が「新納慎也を手放すこと」を考えたように、ホープが執着する原稿が自分にとっては何なのかを考えさせられると思いますので、それを感じてほしいです。

今の時代、演劇が配信されたり、ボタン一つで映画が見られたりする便利な世の中ですが、劇場で生の芝居を見てヒリヒリするのは特別なことなので、この作品で心を揺れ動かし、人間である権利を自分の手で獲得してほしいです。

最新情報は、Musical「HOPE」公式サイトにて。

撮影:YURIE PEPE