石橋貴明が文化人、ミュージシャン、タレント、アスリートなどジャンルを問わず“話してみたい”ゲストを迎え、焚き火の前でじっくり語り合うフジテレビ『石橋、薪を焚べる』。
12月8日(火)の放送は、リオデジャネイロオリンピックで金メダルを獲得した柔道家・大野将平が登場。柔道を始めた理由、信念、延期になっている東京2020オリンピックへの思いなどを語った。
柔道金メダリスト最有力候補の大野・東京2020オリンピックへの思い
試合も緊張するが、テレビの収録の方が緊張すると話す大野。コロナ禍で「柔道ができない期間は長かったけれどトレーニングは充実していた」「身体作りはバッチリ」と明かす。
そんな大野に、石橋は延期になっている東京2020オリンピックに関して聞いていく。
石橋:今年オリンピックやっていたら、間違いなく金メダルだっただろうという大野くんにとって、(開催まで)あと数ヵ月というのは…早く来いって感じですか?
大野:「今年だったら」とか、「来年だったら」とか言わせない、「いつやっても大野が勝つ」というのが大事だと思うので、来年でもしっかり勝って、「やはり大野だったな」。そういうふうに言わしめたいですね。
石橋:目指している柔道って…どんな柔道で金メダルを?
大野:若いころは、全部豪快に一本を取って勝つというところに、あこがれを感じていたんですけど、今は、我慢強く戦って、結果勝っていればいいというようなスタンスに変わってきましたね。
石橋:そんなに一本にはこだわらず?
大野:「一本を取ってやろう」とか「豪華に投げてやろう」という欲=色気が負けや油断につながるので。それよりも我慢強く、どんなことがあっても勝つということに、今はスイッチしてきたのかなと自分では感じます。
「目標は、3連覇、4連覇?」と問われると、大野は「今はそこまで考えていない」と言いながら、リオオリンピックの金メダリストとして試合への思いを明かしていく。
大野:柔道は、毎年世界選手権はあるんですけど、世界チャンピオンになっても、やっとスタートみたいなところがあるんですよね。オリンピックチャンピオンになって、初めて真のチャンピオンという。リオのときに初めて金メダルを獲得できたんですけど、そこから1個で終わっても、普通の選手なのかなと。やはり世界選手権、オリンピックというのは回数を重ねて、二度三度獲っていくことで、柔道界では初めて認められる部分があるんじゃないかなと思います。
高みを目指す大野は、全階級の中でも選手層の厚い「73キロ級」。その中から代表に選ばれるのも簡単なことではない。
兄を追って上京し柔道の名門に入門「そこが間違いでした」
故郷である山口県で親戚が道場をやっており、2歳年上の兄と遊びに行くうちに自然と柔道を始めた。強かった兄を追って、小学校卒業後に上京して講道学舎に入門した。
大野:そこが人生の間違いでしたね。
石橋:間違い?
大野:入る前までは表面的な「結果」だとか、美しい部分しか見えないじゃないですか。入ったら強くなるだけの理由というか。もちろん、稽古もきつかったですけど、私生活がきつかったですね。
石橋:なんで(笑)?
中学1年生から高校3年生までの全寮制の生活は、朝から晩まで自由な時間もなく稽古し、先輩たちの世話もしなくてはならないなど、休む暇がなかった。
大野:でも、寮の部屋の上に道場があったので、いつでも稽古できる環境でしたし、現役の世界チャンピオンとかが、道場に稽古に来てくれて。中学生のころにそんな世界チャンピオンと組み合えたのは幸せだなと。今思えば、ですけど。
活躍する兄に反して体も小さく、活躍できなかった大野は「大野の弟」と呼ばれることがコンプレックスだった。「それが嫌で頑張った」と振り返る。
それでも「兄の柔道スタイルにあこがれていた」という大野は、兄と同じ大学に進学する。それにはある人物からの声掛けもあった。
石橋:山口から東京に来て、東京からまた奈良(の天理大学)に行く決め手は何だったの?
大野:天理大学の理由は、篠原信一さんです。
石橋:出た!怪物!
大野:当時、大学の監督をされていて。「お前、大野の弟だろ。天理に来い」と。
「奈良に来たからには、必ず結果を残さないといけない」と自らにプレッシャーをかけ、「とことん稽古とトレーニングに打ち込めた大学生活でした」と大学進学がターニングポイントとなったと明かす。
柔道はスポーツである前に武道…何もしないというパフォーマンス
石橋は、試合に臨む大野の姿勢についても聞いた。
石橋:勝ってもガッツポーズもしないし、ニコリともしない。なぜ、あのスタイルに?
大野:ガッツポーズって、いわゆるパフォーマンスというか、チームを鼓舞したりとか、お客さんをあおったりとか、いろんな理由があると思うんですけど。柔道は、スポーツである前に、武道なんですよね。
石橋:礼に始まり、礼に終わる。
大野:はい。相手を投げて勝っているということは、相手を1回「殺している」ということなんですよね。1回苦しみを与えているわけじゃないですか。相手が負けて悔しがっている目の前でガッツポーズをしていたら、二重苦じゃないですか。
石橋:死者に鞭を打つ行為…。
大野:「そこまでやる必要あるのかな?」という思いもあって。勝ったら余裕もありますし、自制することもできるので、こういう感じになりました。「何もしない」というパフォーマンスです。
と、その信念を語った。
目指すは「歴史上最強」「マンガのように強くなりたい」
今までで一番うれしかったのは、オリンピックで金メダルを獲ったことではなく、大学4年生のときに初めて世界チャンピオンになったこと。金メダルの類も「実家に送っている」という大野は「自分の柔道の探求以外、あまり興味がない」と言いきった。そして「今、目指しているのは“歴史上最強”」だ。
大野:自分の階級で過去を振り返ると、古賀稔彦さんとか、昔をたどれば岡野功さんという伝説の柔道家が。その方たちと直接戦うことはできませんけど、見比べても「今の大野の方が強い」と言わせたいです。
石橋:よく言う、ヘビー級だったら「モハメド・アリとマイク・タイソンはどっちは強いんだ?」みたいな。
大野:はい。そうですね。あとは、もっと言えば、無差別でも、もう一回戦ってみたいですね。
石橋:じゃあ、全日本選手権とか?
大野:今年も出場のチャンスはあったんですけど、けがのこととかを考えて出場は断念しました。東京オリンピックさえ終われば、必ず挑戦したい大会です。
石橋:「最強になる」という。
大野:最強になりたいんですよね、本当に。マンガのように強くなりたいです。
勝つか負けるかではなく、「『大野はどうやって勝つのか』と言われる期待値を持った選手でありたいし、その期待を越えてくるものを表現したい」と目標を語った。それを聞いた石橋は「オリンピックのメダルが“最強”への通過点でしかないんだね」と感嘆した。
その大野のトレーニングや稽古は「ずっと同じことの繰り返し」だ。
大野:近道なんかないし。ひたすら同じことを繰り返して、積み上げていく。その中で、日々の変化を感じ取っていくという。
石橋:新しい技とか、そういうのに挑戦してみようとかはあるんですか?
大野:技というのは、試合で使えるようになるまで、3年、5年とかかるんです。
石橋:3年から5年!
大野:なので、それよりも、自分が今持っている引き出しの技を、レベルアップさせる。あとは、同じ技でも入り方やシチュエーションを変えて違う技に見せることもできるんですよ。
近年では海外にも強い選手が多数いる柔道界において、大野は「柔道と言えども、いろんな格闘技の複合体になっている」「柔道だけを勉強していれば勝てるという時代ではなくなってきたのかもしれない」と分析した。
「我慢のスタミナ」を上げていくことが「ほっとする」!?
以前は「負けること」が辛く苦しいことだと思っていたが、今は「勝ち続けている方がつらいし苦しい」と明かす大野。
石橋:ほっとするときってどういうときなの?
大野:柔道に関していえば、日々の稽古でずっと自分の嫌なこととか、どうやったら負けるんだろうと、ネガティブなことをずっと考えているんですよ。「どうやったら自分を倒せるか」というのを常に考えていて。
石橋:自分と戦ってるわけ?
大野:嫌なことをやるのが稽古だと思っているので。嫌なことをやってくる練習相手を見つけて、それを我慢して、「今日は我慢できたな」という日があったら、それだけで少しうれしいというか、ほっとする…。
石橋:俺たちが思う「ほっとすること」がないんだね。すごい精神力だね、それ。
大野:やはり我慢というのも、スタミナなんですよ。
石橋:スタミナ?
大野:我慢することを続けていくと、我慢のスタミナが上がって行くんですよね。休んだからって我慢のスタミナは溜まるものじゃないんですよね。逆に我慢し続けているから、我慢のスタミナが溜まっていくので、ひたすら毎日我慢するしかないと思っていて。その我慢が毎日できるこというのが、今、ほっとするポイントですね。
石橋は、大野のひたむきでストイックな姿勢に「ぐうの音も出ないですよ」と感服していた。
そんな大野のこれからの目標は「オリンピックでの連覇」と、柔道で初めて複数メダルを獲得するチャンスとなる男女混合団体でもメダルを獲ること。さらに「こだわりのサウナ屋さんを作りたい」と意外な趣味も明かした。