“天才”の名をほしいままにした落語家・立川談志さん(享年75)が亡くなって今年で10年。
その命日である11月21日(日)に、『ザ・ノンフィクション「切なくて いじらしくて メチャクチャなパパ~家族が映した最期の立川談志~」』(フジテレビ)が放送される。
番組は、談志さんの息子でマネージャーでもあった松岡慎太郎さんが撮影した、テープにして750本、1000時間にも及ぶ膨大な映像の中から、“家族との日々”と談志さんが直面した“病や老い”に焦点を当て構成。
気鋭のディレクター・久保田暁さんが演出を担当。プロデュースを、久保田さんの先輩である茂原雄二さんが務めた。久保田さんは、今年3月に放送され大反響となった『「プロフェッショナル 仕事の流儀」庵野秀明スペシャル』(NHK)を手掛けたディレクターでもある。
フジテレビュー!!では、ふたりに制作の経緯や、その過程でのエピソードを聞いた。
――まずは、今回番組が作られた経緯を教えていただけますか。
茂原:1997年だったか、談志師匠の90分くらいのドキュメンタリーをフジテレビで作って、それ以来、師匠のドキュメンタリーを何本か作りました。
2011年に師匠が亡くなって止まってしまいましたが、今年は10年目だからなにかやらなければいけないな、と思っていたところに、慎太郎さんから「テープがあるのでなんとかしてほしい」と声をかけていただいて。
ずっと作ってきた僕がやって同じトーンになっちゃうのはよくないので、久保田に構成と演出を頼んで、僕がプロデュースに回ることになりました。
97年から15年くらい師匠を撮ってきましたけど、僕も知らない感じが結構ありました。
――それはどんなところですか?
茂原:師匠は僕の前でもよく「死にたい」とは言っていたのですが、それは、撮影されていることを意識して言っているのかな、くらいに思っていたのですが、自撮りであんなに気が狂わんばかりに(「死にたい」と)言っていたのは知らなかったです。
中でも一番驚いたのは、自分から「死臭がする」と言っていたところ。師匠は匂いにとてもうるさい人だったんです。
お弟子さんは、毎朝、師匠が起きたかどうか、洗面所から聞こえてくる「うええっ!」という声で気づいたそうです。それは、口臭を嫌った師匠が、歯ブラシで舌をこすって、嘔吐(えず)いたときの声。
そのくらい匂いにうるさかった師匠が、自分を「臭い」とおっしゃったのに驚いて。ああいうところは、僕は見たことがない一面でした。
――1000時間にも上る素材のチェックはどのくらい時間がかかりましたか?
久保田:1ヵ月弱くらいかかりました。素材を見て、(過去に)茂原さんが作った番組であまり触れられていない部分で作ろうと思ったら必然的に、自撮りと奥さまと家族の話、“家族と立川談志の日々”がテーマとなりました。
――膨大な素材のどこを切り取るか、悩むことはありませんでしたか?
久保田:大きなテーマを“家族”と決めてからは、あまり迷うことはありませんでした。たくさん面白い素材はありましたが、“家族との日々”ということと、これまで世に出ていないシーンとなると自然と番組になる素材は絞られてきました。
茂原:立川談志の落語とはどういうものか、を説明し始めると何時間あっても足りないので、そこは一切やめようと西村陽次郎チーフプロデューサーからもありましたので、そうしました。
ただ、病気をして亡くなるまでを追うだけにするのは違うだろうと。談志師匠は、あのメチャクチャなところがあって師匠なので、その部分と家族、そして病と老いという2本立てでいこうと久保田と話しました。
――久保田さんが切り出し、つないだ素材を見ていかがでしたか?
茂原:面白かったです。彼女は、庵野秀明監督のドキュメンタリーを撮って、そのときにも思ったんですが、変な人が好きなんだなぁって(笑)。いびつでデコボコしていて違和感のあるものをちゃんといいと思えるディレクターなんだな、と思って見ました。
映像は、自分が撮ったものではないし、滑らかな編集でもないじゃないですか。それをザクザクと師匠の魅力が伝わるところを並べていったらこうなった、ということだと思いますね。
久保田:本当にその通りで、面白いところと「ここがいい」っていうところが明確にわかる素材だったので、スッと入ってきて、編集ですごく苦労した、ということはあまりなかったです。
――絶対に切りたくないと思ったシーンはどこでしたか?
久保田:自撮りは多めに入れたかったですし、「カットしよう」と言われたら、嫌だと絶対に言おうとは思っていました(笑)。セルフであれだけしゃべっているのはすごいと思いましたし、見たことがなかったので、これは絶対に世に出したいと思いました。
茂原:「ガチャガチャ、ガチャガチャ」(※)ってわけのわからないことを自撮りで言っていたところがあったじゃないですか。久保田はあそこが一番好きだったみたいです。あれは、ビックリしましたね。撮っている師匠もすごいですし、それをそのまま出せる人もすごいと思いました。
(※)カメラに向かい「今日は頭がガチャガチャする」と語り始めた談志さんは、その後「ガチャメシガチャメシ」などと早口で擬音語をまくし立てる。病と老いでままならない自身の体と、妻との別居生活で不安定となった様が見て取れる。
――おふたりにとって談志さんとはどんな存在ですか?
久保田:茂原さんがずっと取材してきた人で、そこに自分が関わるというのをまったく想像していなかったので、変な距離感というか…“茂原さんの談志師匠”という感覚です(笑)。
茂原さんがやったことがないものを作ろうというのが、私の中にひとつのモチベーションとしてあったくらいで、「本当にそこにお邪魔します」っていうくらいの感じでした。
茂原:(今回のVTRの中でも)師匠は、「落語は人間の業の肯定」と言っていますけど、師匠のところに行くと、自分を肯定してもらえるといいますか、ダメなところも全部見せてくれるから、僕も師匠と会っている時間は「なんでもいいんじゃないか」と思えた。
「好きにしろ」ともよく言ってくれましたけど、そういうところを含めて一言で表すなら“人間”だと思います。
<番組概要>
『ザ・ノンフィクション「切なくて いじらしくて メチャクチャなパパ~家族が映した最期の立川談志~」』
放送日時:11月21日(日)14時~
撮影:松岡慎太郎(談志の長男)
演出:久保田暁
プロデューサー:
茂原雄二
伊豆田知子
チーフプロデューサー:西村陽次郎