サッカー日本代表の中村敬斗選手が、ワールドカップ後初のテレビ出演でブラジル戦を振り返りました。
FIFAワールドカップ2026で日本の全4試合に先発出場、大会を通じて1ゴール1アシストの活躍を見せた中村選手は、7月10日放送の『めざましテレビ』に生出演。
「夢のような舞台だからこそ勝ちたかった」と、幼少時代からの憧れロナウジーニョ氏の母国ブラジルとの一戦を振り返り、4年後に向けた決意も語りました。
中村敬斗「サッカーはメンタルスポーツ」サッカー少年たちにエール
スタジオでW杯の激闘を振り返った中村選手は、「森保ジャパン」を応援していたサッカー少年たちからの質問に答えることに。
「何歳からサッカーを始めているんですか?」
「ミスしない秘訣は?」
「どのシュートが1番得意ですか?」
「どうやったら中村選手のようにドリブルがうまくなりますか?」
「子どもの頃は毎日サッカーをしていましたか?」
といった質問が寄せられました。
笑顔で少年たちの映像を見ていた中村選手は、サッカーを始めたのは「4歳ぐらい」と回答。「ミスをしない秘訣」については、「誰でもミスはしてしまうので、しても気にしないのが大事。(サッカーは)メンタルスポーツだと思うので、技術の練習はもちろん、ミスしてもいいという気持ちでやればあまりミスしないようになるのでは」とアドバイスを送ります。
そう語る中村選手も、最初からできたわけではなかったそうで、「プロになるにつれて、ミスをしてもその分をプレーで取り返せばという気持ちもあるので」とはにかみつつ、「プロになれば技術はある程度一緒なので、あとはやっぱりメンタルだったりマインドセットの違いで、上に行けるか決まってくるのかなと思います」と語りました。
「得意なシュート」は、「カットインして右足で、左斜め45度からのシュート」と、オランダ戦でも見せた華麗なシュートについて解説。
さらに、「子ども時代の練習時間」については、「間違いなく毎日やってました。とにかく好きで好きで、ボールをずっと蹴ってました」と即答し、幼少期の中村選手がリフティングをしている映像が紹介されると、伊藤利尋アナウンサーも「めちゃくちゃうまいですもんね!」と感嘆の声を上げました。
中村敬斗の幼少期の決意「なかむらけいと ロナウジーニョになる」
そんな中村選手の原点ともいえる存在が、ブラジル代表として2002年日韓W杯の優勝も経験したレジェンド・ロナウジーニョ氏。2006年、当時5歳だった中村選手は、ロナウジーニョ選手の華麗な足技に衝撃を受けて憧れを抱いたそう。
当時よく見ていたというDVDのケースには、「なかむらけいと ロナウジーニョになる」という、かわいらしくも力強い文字が。
憧れがつのった中村選手は、8歳のときに両親に頼み込んでブラジルへ家族旅行に。当時の映像には、ブラジルの路上で現地のサッカー少年たちとストリートサッカーを楽しむ様子が。現地の子どもを華麗なドリブルで翻弄(ほんろう)したり、リフティングを披露して驚かせるシーンが映し出されると、スタジオも大盛り上がり。
今大会の決勝トーナメント1回戦、日本対ブラジルをロナウジーニョ氏が観戦していたことについて聞かれると、試合が終わってSNSを見て気づいたと明かし、「(試合中に)気づいていても、そのときは何も感じなかったと思います」と振り返りました。
伊藤アナから、日本代表となり憧れのロナウジーニョ氏の母国ブラジルとW杯で戦った感想を聞かれると、「最高の舞台、夢のような舞台。だからこそ、こんなにも勝ちたかった」と喜びと同時に悔しさもにじませました。
今大会の日本代表について、「団結力があって、間違いなく上に行ける力がありました」と語った中村選手。
「ブラジル戦も勝てない試合ではなかったので、あとは細かいことを突き詰めていくしかないのかな」と分析しました。
4年後のW杯を見据えて、「(4年後は)29歳になり、サッカー選手としてはあまり若い年齢ではないんですけれど」と前置きし、「大舞台でどれだけ強くいられるかが大事だと思うので。この4年間、なるべくレベルの高いところに自分の身を置いて成長していきたいと思います」と決意を語りました。
(7月10日放送『めざましテレビ』)
