4月5日放送の『突然ですが占ってもいいですか?』は、若村麻由美さんと橋本淳さんが、彌彌告(MiMiKO)さんに占われました。

2人は、4月8日開幕の舞台『メアリー・ステュアート』で共演します。

若村麻由美 亡き母は「家族と一緒にいる時間を長く作ってくれた」

彌彌告さんは、若村さんについて「母親や父親の考え方が意識の中にある」と鑑定。

若村さんは「母は、明るいひまわりみたいな(人でした)。2024年の春に亡くなって。ずっと介護もしていたんですけれど、ずいぶん頑張って、闘病もしながら、明るく楽しみを見つけながら、家族と一緒にいる時間を長く作ってくれた」と振り返りました。

若村麻由美

若村さんは高校卒業後の18歳のときに、故・仲代達矢さんが主宰した俳優養成所「無名塾」に入塾。仲代さんの妻で俳優・演出家の故・宮崎恭子さんを“演劇の母”として慕っていたといいます。

若村さんは、初めはプロンプター(セリフ出し係)として選ばれ精一杯働いていたものの、年配のスタッフから「若い女の子だから、かわいがられていて、仕事をしていない」と言われ、悔しくて涙したのだとか。

すると、宮崎さんから「世の中は理不尽なものなのよ」と告げられ、「しょうがないか」と思えて涙が引いたそう。宮崎さんに「明日朝一番に、その(年配)スタッフに自分からあいさつをしなさい」と教えられ、実践したと明かしました。

若村麻由美「人生の暗黒期だった」高校時代を回顧

そんな若村さんですが「高校生のときは対人恐怖症で赤面症だった」と告白。無名塾に入った当初も、名前を呼ばれると顔が真っ赤になり、目立たないようにしていたと言います。

高校時代は「人生の中の暗黒期」だったと回顧。他人と関わりたくないため、「人に話しかけられない限り、自分からは話さない」というスタンスを続けた結果、人前に出られなくなってしまったそう。

20歳で連続テレビ小説『はっさい先生』(1987〜1988年/NHK)のヒロインを務めた際も、毎週取材を受け、知らない記者に自分のプライベートを話さなければいけないことが「つらすぎた」と吐露しました。