初代「中村舞鶴」を襲名する“弟”中村鶴松への思い

――そして、鶴松さん。9月には、自主公演『鶴明会』で『仮名手本忠臣蔵』五・六段目、『雨乞狐』で舞台に立ちました。

最初に聞いたときは「いや、とんでもないものを選んだな」と思いました。「雨乞狐」は一度経験した身として、それを自主公演で上演するかっていったら、たぶん上演しないと思うんです。だから、たぶん知らない者の大胆さ、知らないからできることだと思いました。

これは「舞台あるある」なんですけれども、見ていて「ああ、面白そう。やってみたい!…やってみたら地獄だった」っていう、その典型的なものというか。

五・六段目の勘平、私も一、二度ほど勤めさせていただいて、これもえらい役なんですけれど、幕が閉まったあとは、もう動けないんです。精も根も尽き果てる。

それがあって、今度は『雨乞狐』でしょう。体力的にも大変で、乳酸がたまって、体でわかるんですよ、どんどん酸欠になっていく。最後は、狐で追い打ち…そのときは、ほんとにリミッター外す作業をしないと。

それでも、本当によくやったと思います。あれだけできれば、二重丸なんじゃないかな。勘平にしても、まだまだいろんなことがありますけれども、経験を積んだことによってほかの役にも活かされていく部分っていうのは、たくさんあると思います。

――(2026年2月に)中村舞鶴(まいづる)を襲名することが発表されました。

鶴松はね、当初「名前は変えない」って言っていたんです。それが急に、名前を変えたいと…。

本当に、“バタバタな弟を2人持った”っていう感じですよ(笑)。3月に「結婚したい、式は6月に挙げる」と言い出す弟(=七之助さん)、片や名前はそのままでいいって言ってたのに「やっぱり変えなければ…」と言い出す弟(=鶴松さん)。長男、困ってます(笑)。

中村屋の代々の名前を見ていくと、舞鶴(ぶかく)という、とても大事な名前があるんですね。十七代目中村勘三郎の俳名なんです。その名前をつけるのはどうか、というのもありましたけれども、期待も込めて。中村舞鶴(ぶかく)のままでも良かったんですけれども、“ぶかく”っぽくないよなというのがあって「まいづる」という読み方に変えたらどう?と提案したら、それがいいということで「初代 中村舞鶴(まいづる)」で、お披露目させていただきます。

(襲名する)2026年2月からは、中村屋ではありますけれども、いち俳優です。部屋子だったり弟子筋ではなく、いち中村屋の俳優ですので、独り立ちという感じですね。

中村勘九郎 歌舞伎の継承に一番重要なのは「リスペクト」

――勘太郎さん、長三郎さんの成長、鶴松さんの躍進もありますが、2025年は人々の歌舞伎の継承や伝統への関心がより増した一年だったのではないでしょうか?

もちろん、先人がお作りになったものを、演出も含め、解釈、型というものは後世に伝えていかなければなりません。自分たちの憧れていたものだとか「ああ、かっこいいな」「素晴らしいな」というものを体現しなければ。だから、何でもいいというわけには、もちろんいかないんです。やはり、基礎となっている踊りだったりを、しっかりと。

今は、道が開けているので、いろんなところに行けるんですよ。昔は、行けなかったわけ。若い人たちが、道が開けているので、ポンとそこに飛べてしまうんです。そこの危うさ、怖さというのは、のちの世代にかかってくるなとは思います。

だからこそ、あれこれ自分が言うのではなく、身をもって表現していかないといけないなと思います。

受け継ぐのに一番大事なのは「リスペクト」。尊敬して、感じて、共感して。そこが一番じゃないかな。だから今後、伝えていくことを考えたときに、自分がリスペクトされるような役者にならないと。

やっぱり、教えるというのは難しいんです。言葉で伝えるのは難しい部分もあるんですよ。やってみせるっていうのが一番ですね。それで、わからなかったら言葉を足す。あとは、それぞれのセンスだったり。そこはね、持って生まれたものだし、磨いていくことだから。

それが自分の勉強にもなりますし。頭ごなしに…というのは、しない方が伝わりやすいというのは、強く感じますね。

聞き手:花枝祐樹(番組ディレクター)

再放送 2026年1月4日(日)16時~

 TVerFODで見逃し配信中