トップアスリートやオリンピアンを取材してきたベテランディレクターが、高校陸上部女子に密着し、涙した理由とは――。

2月27日(日)25時55分より、フジテレビではスポーツドキュメンタリー『グラジオラスの轍』(関東ローカル)が放送されます。

今回は「高3女子 駅伝物語〜その一歩に想いを込めて〜」と題し、陸上では無名の公立校ながら2020年の「全国高校駅伝競走大会」に初出場した、神奈川県川崎市立橘高等学校の陸上部女子の3年生4人に密着し、2年連続の“都大路”(※)出場を目指す姿を追います。

(※)京都の都大路が舞台。「都大路」が通称となっている。

過去に、この番組で体操の白井健三さんの密着を行った髙木健太郎チーフディレクター(以下、髙木CD)が総合演出を、密着はバトミントンの奥原希望さん、競泳の瀬戸大也さんなどを取材した木村洋平ディレクター(以下、木村D)が担当。

2021年5月〜12月まで、8ヵ月にわたる長期密着で撮影された映像は、500時間以上にのぼるといいます。

フジテレビュー!!では、髙木CDと木村Dにインタビュー。密着する中で感じた、4人の魅力や苦悩、VTRには収めきれなかった裏話、番組の見どころなどを聞きました。

きっかけは先輩Dの「甘酸っぱいものが撮りたい」

橘高校に注目するきっかけとなったのは、企画会議の中で髙木CDが発した「甘酸っぱいものが撮りたい」という一言。

そこから、木村Dはリサーチを開始し「女子高生+駅伝」であれば髙木CDのイメージする「甘酸っぱいもの」が撮影できるのではないかと考えたといいます。

さらに調べていくと、陸上では無名の公立校ながら、2020年の「都大路」に初出場した橘高校を見つけました。

「ただの公立高校が、なぜ『都大路』に出場できたのだろうと思って、顧問の田代(洋平)先生に話を聞くと、いわゆる先生が選手を管理して引っ張るスタイルではまったくなかった。生徒たちの自主性を尊重する指導法をされていて『これは面白いな』と思ったんです」(木村D)

髙木CDに橘高校のことを伝えると、「甘酸っぱいもの」のイメージと合致。「高校3年生というは、自分の進路について大きな決断を下すときで、その中で彼女たちは目標に向かって仲間たちと突き進み、さらにその先には仲間たちとの別れもある。子どもから大人への過渡期で、ある意味、人生で一番キラキラしている時期だと思うんです。そんな輝きを持つ彼女たちの物語を切り取れたらいいなと思いました」(髙木CD)

こうして、橘高校陸上部女子への密着が始まりました。

カメラは拳銃…トップアスリート同様に接することで信頼関係を構築

一つの題材に8ヵ月にわたり密着し取材を重ねていく…ベテランの木村Dをしても初めての取材スタイルとなったため、当初は、手探りの状態だったといいます。しかし、トップアスリート同様にスポーツに取り組む姿を見て、同じように接することを決意。

「それまで高校生と話す機会はほとんどなかったので、多感な時期の女子高生にどう取材すればいいのかわからなくて、正直最初は嫌でした(笑)。でも、彼女たちと接する中で僕もどんどん楽しくなっていって。彼女たちは、放課後の2時間半とか、短時間に集中して練習している(※)ので、声をかけるタイミングには気をつけて、基本的に練習が終わるまでは声をかけないようにしていました」(木村D)

(※)公立の橘高校には寮がないため、練習は月曜から土曜までの放課後など、限られた時間で行われる。

話を聞く際には、カメラを顔より低い位置に構えて目を見て話すようにするなど、選手が少しでも自然にいられるように心がけたそう。

「髙木さんからも『カメラは拳銃のようなもの』だと教えられていて。目の前にカメラがあると、どんな人でもやはり警戒してしまいます。だから、最初は一歩引いたところから話を聞くようにしていました。時間を過ごしていく中で信頼関係が生まれてきて、最後のほうは、何も言わなくても彼女たちから話に来てくれるようになりましたし、先生に相談しにくいことも話してくれるようになりました」(木村D)

選手の自主性を尊重する先生が発した、とある指摘

今回、番組では、3年生の4人組に注目。

木村Dは、彼女たちを「それぞれが個性的で魅力的」と表現します。

「真っ直ぐで、本当に都大路にかけているんだなと思いました。どんなに沈んでいたとしても、目標のために這い上がっていく強さを感じましたし、月曜日から土曜日まで練習して、日曜日は休みだけどほとんど遊びに行かない。青春のすべてを走ることにかけているんだな、と。そして、4人にとって、仲間の存在はすごく大きいですし、それを見ていて『仲間っていいな』と思わされました」と語ります。

また、特に印象に残っている出来事について、「今回は泣く泣くカットしましたが、チームの雰囲気がよくない時期に、4人と僕とで食事をしたときのこと。どうすればチームが良くなるのか、悩みに悩んで、みんなで話し合っていました。僕は、ここからどうやってチームを良くしていくのだろうと思いながら見ていましたが、その様子はとても印象に残っています」(木村D)

このエピソードの裏話として、田代先生にも言及。選手自身に考えることを促し、チーム事情がどんなに悪くても「ここで自分が(意見を)話すと、橘の陸上部ではなくなってしまうから我慢します」と、徹底的に自主性を重んじる田代先生が、このときは選手の行動に対してある指摘したといいます。

「食事の約束をしていた日が、(駅伝登録メンバーが選考される)記録会の日だったのですが、ケガなどもあってチーム全体の結果が悪くて、本人たちが『今日は(食事に)行きたくないです』と言ってきたんです。それを聞いた先生が『良いときも悪いときも取材を受けることを了承しているんだから、良いときだけ(取材を)受けようとするな』と話してくださって。そこには、今後スポーツを続けていけば、悪い結果のときも言葉を求められることもあるから、という意味も含まれていたと思います」(木村D)

番組では、ここでの一件をきっかけにチームの雰囲気がガラリと変わった様子も収めています。

将来への決断に苦悩する姿も

木村Dは、卒業後の進路について悩む4人の姿もとらえます。

「高校3年生って自分で進路を決めるときですよね。その様子も映すことができれば、より彼女たちの心の機微が描けると思いました。彼女たちもすごくオープンに話してくれて、『大学に行こうか、実業団に行こうか、専門学校に行こうか悩んでいる』、『実業団に行きたいけど、お父さんからは大学に行ってほしいと言われていて…』というような相談もしてくれました。本人たちの人生なので安易にアドバイスはせずに聞き役に徹していましたが、僕と話すことでどこかスッキリすることもあったようで…。進路が決まって報告してくれたときは、本当にうれしかったです」(木村D)

約20年のディレクター人生で取材中に初の涙

木村Dは、取材後半、“姪っ子を見守るような気持ち”になっていたと振り返ります。

「俯瞰(ふかん)で撮らなければと思いつつ、どうしても気持ちが入ってしまう瞬間はありました」(木村D)

これには、白井健三さんに長期密着した経験がある髙木CDも「長期密着していたら、俯瞰にはならないですよね。絶対、感情移入してしまいます」と同調。

都大路をかけた「神奈川県高等学校女子駅伝競走大会」当日。木村Dは、20年以上のディレクター人生で初めて取材中に涙を流したといいます。

「試合が終わったあと、僕もあまりうまく喋(しゃべ)れないまま話を聞いていました。なんでこんな気分になるんだろう、と思いましたが、春から取材をしてきて、彼女たちの努力を近くで見ていたからだと思うんですよね」(木村D)

誰かに見てもらうことで「愛情の整理」をする

500時間以上の膨大な映像を1時間に収めることは非常に難しく、使用したい映像を繋いでいくと90分以上になってしまったそうです。

「やはり愛情が湧くので、どの瞬間もカットしたくないんです。でもそこは、髙木さんとよく話す『愛情の整理』をして完成させました。1回目の試写で髙木さんや構成作家の方に90分以上の映像を見てもらったんです。すると、“誰かに見てもらえた”ということで感情の整理がついてきて、(オーバーしていた分を)切ることができた。2回目の試写では、ほとんど完璧な尺に収めることができました。とはいえ、せっかく撮らせてもらったので彼女たちにも申し訳ないですし、カットするのは本当に苦しかったです(苦笑)」(木村D)

密着中、嫌いになりそうになるときも…

今回の密着を振り返って「簡単な言葉で言うと、あの時間は…非常に楽しい取材でした」と木村D。

「やっぱり彼女たちも人間で、気分の浮き沈みもあるので、嫌いになりそうなときもあるんですよ。でも会うとすぐ好きに戻るというか、ほだされるんですけど(笑)。取材に行っていないときもSNSで連絡をとっていたり、実際に練習に行って彼女たちと話していると気持ちを受け止めてあげたいと思いましたし、本当に楽しかったです」(木村D)

「その子たちに寄り添う時間が持てたこと自体が、ある意味、得たことですよね。具体的に何があったというわけではなく、木村さん自身にもすごくキラキラしていた時間だったんじゃないかなと思います」(髙木CD)

原点回帰の1本「等身大の彼女たち」を見てほしい

最後に、それぞれ見どころを聞いてみると、髙木CDは、本作を「番組の原点回帰の1本」と語ります。

「オリンピアンでも県大会を目標にするアスリートでも、その人が抱えている物語、苦悩、葛藤、喜びといったものを大事にして映したい、というのがこの番組の始まりでした。有名、無名は問わず、むしろ、スポットライトが当たっていない選手にこそフォーカスして、その思いやドラマを切り取りたい。その意味でいうと、今回の橘高校の物語はまさに『原点回帰』の一本だと思っています」

続けて木村Dは、「瑞々(みずみず)しい青春の最中にいる高校3年生の等身大な心の機微を見ていただいて、自分が高校3年生のときってこんな感じだったかな、と思い返してもらえればと思います」と締めくくりました。

『グラジオラスの轍』(関東ローカル)は、2月27日(日)25時55分より、フジテレビで放送されます。

取材・文:秋山隼人

公式HP:https://www.fujitv.co.jp/gladiolus/

公式Twitter:https://twitter.com/gladiolus_1