スポーツの世界で新星が現れると、まず間違いなく飛び交う言葉がある。「○○二世」。もしくは、「ポスト○○」
さらにバレーボールで言えば、○○に最も多く入る名前がある。
「木村沙織」
言わずとしれた、女子バレーボール界のスーパースターでナンバーワンプレーヤーと言っても過言ではない存在。185㎝と大型選手でありながら、サーブレシーブも器用にこなし、なおかつ攻撃の引き出しはいくつあるのか、と毎回驚かされるほど巧みなスパイク技術も併せ持つ。木村がコートを去り、すでに4年という月日が経っているにも関わらず、いまだ起こる待望論。ポストも、二世も、やたら木村沙織が氾濫するのはそのせいだ。
1月5日から開幕する春高バレーにも、まさに「木村沙織二世」と言われる選手が出場する。木村沙織と同じ下北沢成徳高校のミドルブロッカー、古川愛梨だ。
身長は184㎝で手足が長く、顔が小さい。どことなく木村に似た風貌も、余計に古川を「木村沙織二世」と呼ばせるのだが、古川と木村は全く別。むしろプラスの意味でそう言うのは、他ならぬ下北沢成徳の小川良樹監督だ。「線が細く、見た目は確かに沙織を彷彿とさせるかもしれませんが、小学校の頃からボールの扱いが器用で、技術もずば抜けていた沙織に対して、愛梨はまだまだこれからの選手。力もついてきて、最近は見違えるようなプレーをするようになりました」
女子バレーと言えば、きっと多くの人が「長時間練習するのだろう」と思い浮かべるように、全国の強豪と呼ばれるチームの大半は、ボール練習に長い時間を割く。スパイク、レシーブ、サーブなどそれぞれの技術ごとに基本を確認しながら、目標の本数や狙った場所に打てるまで終わらない。まだまだそんなチームも少なくない中、下北沢成徳はボール練習だけでなくラントレと呼ばれる長距離走や、中距離、短距離を合わせたインターバル走に加え、バーベルを担いでのスクワットなどウェイトトレーニングにも注力している。
高く跳び、素早く動くバレーボール選手はどちらかと言えばスマートなイメージで、特に女子が筋トレ?と驚く人も少なくないかもしれないが、長時間に及ぶ試合を乗り切る持久力や瞬発力。連戦が続いても高いパフォーマンスを発揮し続けるためには筋持久力も必要で、スパイクやサーブといった基本技術を高めるためにも筋力をつけるのは不可欠だ。
しかもコツコツ積み重ねなければ身になるものではなく、高校3年間をかけて地道にトレーニングへ打ち込み、Vリーグや日本代表といった上のステージで戦う身体づくりも重要視して取り組んでいる。
ウエイトトレーニングに苦戦も次第に変化が
実は高校時代の木村沙織は、後に本人が「どうにかサボれないかと考えていた」と明かすほど、トレーニングが大の苦手だった。もともと細身の古川も鹿児島から上京し、下北沢成徳で本格的にウェイトトレーニングを始めた頃は苦戦したが、2年生になった今は体幹や上腕部、背部の筋力が上がり、さまざまな場所でボールをとらえ、叩きつける力が増した。
全国トップレベルの4校が激突した、春高東京大会でもまさにその賜物とも言うべき、成果を見せつけるシーンがあった。準決勝で八王子実践に敗れ、文京女子大学付属との代表決定戦。第1セットを先取され、後がない第2セットを1-7と崖っぷちから取り返し、迎えた第3セットの終盤だった。14-9と中盤まで下北沢成徳がリードするも、文京女子大学付属もピンチサーバーを投入し猛追。14-16と逆転されるも下北沢成徳も盛り返し、17-17と同点の場面だ。高いトスを高い打点から打つ、下北沢成徳のベースとなるオープン攻撃で得点を取ろうと試みるも、文京女子大付もレシーブで応戦。1分に及ぼうかという長いラリーを決着したのが、ライトからコート奥へ叩きつけた古川のスパイクだった。
「絶対に負けない、という気持ちしかない」
「絶対に負けない、という気持ちしかありませんでした。それまで自分が決められなくてチームに迷惑をかけていたので、絶対決めてやる、と思いきり、強い気持ちで打ちました」続く19点目も、今度は相手ブロックに当ててコート後方へ弾き飛ばす、古川の力のこもった渾身のスパイク。
「自分の武器は高いところから力強いスパイクを打つこと。もっと大事な場面でトスを上げてもらえる選手になりたいです。」
逆転の末につかんだ、念願の春高出場に、満面の笑みを浮かべ、小川監督も古川の覚醒に目を細めた。「ああいう場面ですごいボールを打つ。人は育つんだな、と見せてもらいました」
今はまだ、下北沢成徳の大先輩の名と共に取り上げられるばかりで、話題先行の感もあるが、昨年の入学当初の細くて、動きもまだ鈍かった頃と比べれば、この1年で格段の進化を遂げた。来る本番、どんな進化と変化を見せるのか。二世でも、ポストでもなく、近い未来の日本女子バレー界の顔となりうる可能性を秘めた、古川愛梨に注目だ。
写真:JVA2021-12-138 ©月刊バレーボール