昨年10月、フリーに転身した矢先に「悪性リンパ腫」発症を発表した笠井信輔アナウンサー。半年近くに及ぶ入院治療を行いながらも、ブログやSNSで自身のリアルな状況や心境を積極的に発信する姿には、共感や反響も大きく話題となった。

今年6月5日に、「完全寛解(病状が治まり安定した状態)」の診断を受けたものの、世はコロナ禍に。しかし笠井は、リモートを駆使して自宅からテレビ出演やイベント司会の仕事を行い、新たに「がん情報サイト『オンコロ』にて、がん専門医にインタビューする動画コンテンツの連載をスタートさせた。

がん闘病の経験者として、そして情報を伝えるプロという立場から、いま何を思っているのか?8月からの本格的な仕事復帰を目指すという笠井に、フジテレビュー!!がリモートでインタビューした。

「具合が悪い時は文字を読みたくないけど動画なら」

――とても肌ツヤが良く見えます、体調のほうはいかがですか?

体調は良いのですが、夜になるといまだに足が浮腫んでジンジンしてしまうんです。でも毎晩のようにリンパマッサージをして、一時期よりはだいぶ良くなりました。

私の場合、かなり強い抗がん剤を通常よりも大量に投与していたので、2ヵ月経ってもその影響が残っていて白血球の量が伸びない。普通でしたらもう復職していい状態なのですが、コロナ禍なので慎重になりましょう、ということで、8月から表に出られるように準備をしているところです。

免疫力が上がるように、ストレスを少なくして規則正しい生活を心がけています。まあ、トイレとお風呂と散歩以外は自分の部屋から出ないわけですから、規則正しいも何もないのですがね(笑)。

洗濯バサミをつまんで開けるのも大切なリハビリ
退院して2ヵ月、ようやくできるように

――これまでもブログやSNSにて、ご自身のリアルな状況について積極的に発信していましたが、今回新たに「がん情報サイト『オンコロ』」にて動画コンテンツの連載をスタートしたのはなぜですか?

私が入院中の3月に 「オンコロ」のスタッフの方から「文章で質問コーナーの連載を」という打診がありました。しかし、話をしているうちに“動画コンテンツ”で、となりました。

患者というのは、具合が悪い時は文字を読みたくないんですよね。私自身、抗がん剤治療が一番辛かった時は、あまりにもしんどいので、テレビすら観られない時期がありました。人によって体調には波があり、今日は体調が良いとなった時に「映画を観よう、ドラマを観よう」という気持ちになります。そういう時に動画コンテンツだったら観てもらえるのではないかなと思い、願ってもない話だと思いました。

コロナ禍で、がん患者と家族は何をどれくらい気を付けなければならない?

――初回のテーマは腫瘍内科の専門医である中川和彦教授(近畿大学医学部)を迎え「がんと新型コロナ」という、患者とその家族にとっても“今知りたい”切実なテーマを取り上げています。テーマはどのように決めているのでしょうか?

初回のテーマは私の方から「コロナのことをやりたい」とお願いしました。私はこのインタビュー時点ではまだ寛解状態ではなかったので、治療中の人や、あるいは寛解しても基礎疾患を持った状態の人が、どれだけ気をつけなければいけないのか?ということが、とても気になっていたんです。

次回のテーマについてはスタッフの方と話合っているところです。「こういうテーマだと、この質問はしたいですね」というアドバイスはありますが、あとは任されています。

――情報発信のプロである笠井さんが映像で公開するというのは、視聴者にとってもありがたいですね?

ありがたいことに「いま自分が知りたいことがそこに展開していた」という視聴者からの反響もとても多くいただきました。

インタビューをした中川先生の話の中で「コロナウイルスを恐れるよりも、あなたががんの治療を遅らせる方が命に危険がある」という話が重要なテーマとして語られました。主治医の先生と相談することの重要性、治療を遅らせていいパターンと、いけないパターンの人がいる。そのあたりの話を聞けて「安心した」という声も届きました。

私に対しても「声が聞けた、顔が見られた」という反響を様々な方からいただきまして。そんな風に思ってくれるなんてうれしいですよね。

コロナを恐れるよりも、がんの治療を遅らせる方が危険

――患者とその家族が主治医と話す時に「ここまで聞けない」という疑問や不安も質問していましたが?

自分自身も、主治医の先生に対して聞きたいことがあっても「このあたりで止めておかないと、先生だって次があるし迷惑だろう」と、遠慮していた経験があったからです。先生方は「事前に質問事項を書いて聞いてくれたら」と言いますが、その時の先生の話の筋というものがあって、その時はその時でそちらについて聞きたくなってしまう事が多いんですよね。そうすると結局質問を書いてあっても聞けないままになってしまう。

あとは、患者本人だけでいくら聞いても疑問や不安は詰め切れないから、第三者を連れてくると良いと、中川先生も言っていました。私の場合は妻でしたが、主治医の先生に違う角度から質問をしてくれていました。そういった、病院ではなかなか時間の問題もあって聞きづらい・聞けないことを、この動画連載によって聞いていければいいなと思っています。

動画配信の面白味「テレビとは全然違うんだな…」

この動画コンテンツを始める際に「1本を5分で」と言ったんですが、それはテレビ的な思考なんですよね。だいたいひとつのテーマをテレビでしゃべるとすると5分が限界、それくらいで飽きてしまうので。

ところが「観ている人は詳しく知りたい、動画は長さと深さというものに耐えられるので30分はやりましょう」と言われました。そういうところが動画配信の面白味だなと思いましたね。テレビを作る側からしたら「余計かな」と思ってしまい、編集して一番いい所だけを切り取ってしまう。でも「その先が聞きたい」というところを、動画だと時間を気にせずにそのまま使用できる。動画配信というのはテレビとは全然違うんだなということを体験しました。

リモートワークは「弱者を助けるツール」にもなっている

――リモートでの取材・仕事はいかがですか?

体力を回復させるために「退院して2カ月間は自宅で療養しなさい」と言われていましたので、当然そんなに早く働けないだろうなと思っていたら、コロナ禍でリモートワークが一般的になり、多くの人が自宅から仕事をするようになっていました。

私のような自宅療養している人間が、活動や仕事に参加できるようになったというのは、本当にありがたいことです。リモートというのは仕事を効率化させるという側面もありますが、弱者を助けるツールになっているなと、強く思っています。

――先日は、映画「一度も撃ってません」の公開記念トークイベントにて、リモートでMCを務めていましたが、いかがでしたか?

リモートだと若干のタイムラグなどいろいろありますが、それは仕方ないことで、基本的にはこちらの意思が通じればうまくいきます。映像は後で編集すれば、間やトラブルもカットされるので、ちゃんと楽しくできるんだなというのは発見でした。

今までは確実に「リモートワークだと効率が悪い」という風潮だったのが、リモートでどれだけレベルを上げられるかという話になってきています。例えば心に障害を持っている、身体が不自由である、私のように自宅療養をしないといけないという、外に出たくても出られない人たちが家にいて仕事に参加できるチャンスがある。それが一段低く見られない状況になっているのが、今回のリモートワークの普及の利点なのだと思います。

バリアフリーという状況とはまた違うIT革命が起きて、立場の弱い人たちが社会に出るための大きなツールになるのだろうと思いました。ただ、コロナ禍が収束しても需要があるのかどうかは「どうしてもあなたにお願いしたい」という立場に自分がなれるのかということなんです。あくまでこちらに魅力があるかの勝負なんですよね。

今後挑戦したいこと…講演で「看護師さんと仲良くなるコツ」を伝授!?

――ブログ、SNS、動画コンテンツでの発信に加えて、今後挑戦したいことを教えてください。

SNSでの投稿も初めの頃は「フォロワー数をあげなきゃ!」ということで、有名人とばかり写真を撮っていて。そうしたら後輩の若手アナウンサーから「有名人とばかり写真を撮っていて恥ずかしい」「もっと夕陽とか空とか、インスタ映えする食べ物とか撮った方がいいですよ」と言われて(笑) 。でも、だんだん「こんな感じかな?」と、おじさんでも慣れてきましたね。

これまで私は10年に渡って、特に東日本大震災、被災地、被災者というところに関していろいろな思いを持って取材し続け、向き合い続けてきました。そこに新たに、がんが加わり、自分自身に向き合うことが増えました。

フリーになったタイミングで自分ががんになり「なんでなんだよ」とは思いましたが、がんになったらなったで、これまで自分がやってきた仕事を振り返ってみて、自分にやるべきことがあるんじゃないかなと思うようになりました。

被災地との向き合いももちろん続けていきますが、がん患者の皆さんが困っていること、どんなことを感じているかということも含めて「あなたがその立場になったということは、それをやりなさいということ」という神様からの任務を得たのかなと考えているので、この活動は積極的にやっていかなければなと思っています。

――8月から本格的に活動を再開される予定とのことですが、今後挑戦してみたいことは?

自分は講演が得意なんです。テーマは、震災、男女共同参画、人権問題など、これまでもたくさん行ってきましたが、これからはそこに「がん」「患者」「入院中の過ごし方」「看護師さんと仲良くなるコツ」だとかを加えて(笑)。そういう講演などで、患者さんやこれから入院を控えている方々に向けて、安心できるような情報を生でお伝えしたいな、とずっと思っています。

あとは、とにかくフリーのアナウンサー、タレントとしての仕事を復活させたい。「もう自分は元気で大丈夫ですよ」と、情報番組でもバラエティでも何でもいい、とにかくテレビの画面の中に普通に戻りたい、それが今の一番の希望です。それは多くの人が自分の元の仕事に戻りたいというのと、まったく一緒の感覚なんだと思います。

動画コンテンツ「笠井信輔のこんなの聞いてもいいですか」は
がん情報サイト「オンコロ」にて配信中。