いやぁー、想像してた、100倍面白かったんすけどッ?
いきなり上から!!しかも、なぜ突然の100倍で、根拠不明の、アホみたいな、100倍…。うん…、なんつーかさ、正直さ、正直な話よ?このドラマさ、全然さ…、期待して…、なかったん…だよね…(ひどい)。(小声で)期待値が、1、だったんだよね…(小声でもひどい)。なんだけど、見終わった後、すごい!!なんちゅういいドラマ!!!こりゃあ100点だわ!!ってんで…期待値1からの100点…だから、100倍…、ってなわけなんですよ!!!(知らんがな)
いやだってさ、タイトルが『顔だけ先生』なんだぜ!?は!?顔だけの?先生!?は?何言ってんの!?(口悪い)って、みんな思ったでしょ!?みなさんも、そう、思ったでしょ!?(巻き添え)加えて、これまでの長いテレビドラマ史の中で、数々の名作学園ドラマ、制作されてきたわけじゃないですか。だから今さら、学園ドラマで、主人公が教師で、新しさを出すのってさ、難しいし、不可能に近いわけじゃないですか。で、そのための、新しさとしての、“顔だけ”、の先生…なわけ、だよね…?……。うん…、え?だから、つまり、どういうこと?って、思ってたの。
少なくとも、このタイトルからは、“深み”みたいなものは、一切感じられないし、むしろ“軽さ”しかないなって、そう思ってたの。で、でよ、このドラマの、公式ページの、キービジュアルを見て御覧なさいよ(https://www.tokai-tv.com/kaodakesensei/)、キャッチコピーを読んで御覧なさいよ。「好きに生きてる――――――――(゜∀゜)―――――!?」って、もうふざけてるでしょ。はなからふざけてるでしょ。とりあえず、このビジュアルから与えられる印象として、“深み”なんて一切感じないし、制作側も“深み”を与えようとか、そんな気、さらっさらないでしょ。
…なのに、なのになんですよ。このドラマ、そのタイトル、その見た目が、一番の目くらまし、なの!視聴者をいい意味で大きく裏切って、裏切って、なんと、“深み”まで満載の、すっごくいいドラマに仕上がってるの!!だから、だからこその、100点!!なのです!!!
主人公は、とある高校に非常勤講師として採用されたイケメン教師(神尾楓珠)で、“教師らしくない”言動ばかり…だから、タイトルの通り、“顔だけ”の先生が、活躍する…っていうお話。で、その“教師らしくない”ってのが、もう、学園モノとしては、言っちゃえば、“普通”…とか思っちゃってたの。だって、僕ら世代(90年代ドラマ視聴者)だったら、初代反町(隆史)『GTO』(フジテレビ)の“教師らしくない”は元暴走族だし、『ごくせん』(日本テレビ)だったら任侠一家だし、『女王の教室』(日本テレビ)だったら徹底した冷酷さだし、そのバリエーション、嫌というほど見せられてきたからね。だけどこのドラマ、その“教師らしくない”が、まさか、なんと、新しいんです。これまでの名作学園モノには、濃淡とそのバランスに違いはあれど、どこか絶対に、生徒たちへの“熱”が潜んでいたと思うんだけど、この“顔だけ先生”、その“熱”ってのが全くと言っていいほど感じられないの。だけど、“熱”がないとはいっても、そこから“熱”を持つ教師へ成長していく…とか、実は“熱”をちゃんと秘めてて、信念があって…とかでもなく、生徒たちの心の声に実は内心気付いている…みたいな、そういう感じでも、一切ないのね(1話を見る限り)。ホントにただただイケメンの教師が、「好きに生きてる――――――――(゜∀゜)―――――!?」って、そんな感じのドラマなの。ね?普通じゃない。新しいでしょ?!
で、じゃあ、何が“深い”かってね、それは、そんな“好きに生きてる主人公”を表現するために用意された、第1話の、「ある日突然、女生徒が、“丸刈り”になって登校しちゃった!さぁ大変!!」ってエピソードにあるの。“女生徒が急に丸刈り”ってさ、そこだけ切り取ったら、第1話あるあるの、キャッチーなテーマを最初に持ってきて視聴者を引きつけとく…みたいな、安易さとか、嫌らしさとか、感じるじゃないですか。だけどそんなエグみ、一切ないの。視聴者の誰もが予想しない展開を迎えて、衝撃的な導入部とは裏腹に、とてつもなく爽やかで感動的な結末が待ち受けている…それが、“深い”…んですよ。
“女生徒が急に丸刈り”から感じられる、女の子なのに…とか、周りの生徒の目もあるのに…とか、学生で大事な受験を控えているのに…とか、そういう、僕らが最初に思い浮かべてしまう“なのに”、を一回ひっくり返して、“ホントにそうなの?”って、立ち止まって考えさせる、そんな深みがあるのです。で、その“丸刈り”のエピソードを用いて、『顔だけ先生』というタイトルの真の意味…“顔だけ”っていうその意味を改めて考えさせる仕組みもあって、“顔だけ”…、それはイケメンってこと?中身が伴ってないってこと?その中身って何?誰の基準?誰の判断?誰の価値観?って、ぐるぐるぐる、思考を巡らせて、考えさせる…。僕ら視聴者も、ドラマの生徒と一緒に学んでいく…そんな感じ。いやだけど、そうすっと、哲学的で、説教くさくて、見てて疲れそう…とか思う?でも、そうでもないの。主人公のバディとなる貫地谷しほりさん演じる学年主任や、八嶋智人さん演じる教頭先生のコミカルな、コメディドラマの味付けもあり、ほかの先生たちも個性的だけど個性をひけらかす感じもない造形がいい感じ。で、注目してためざましお天気キャスターの華也ちゃん(阿部華也子)も、ドラマ初出演とは思えないほどナチュラルな演技でいい感じ!楽しくって興味深い導入部で、くぎ付けになったその後、自然となんだか深く考えさせられてる…そんなドラマ…なのです。
で、これまた、主人公の神尾楓珠さんがさ、教師にしてはいくらなんでも若すぎるだろ!とか、生徒の先導役として説得力出んのかよ!!とか、勝手に心配してたんだけど、そんな心配すら織り込み済み…、逆手に取るかのように、その見た目、若さ…、だから何?容姿とか年齢とか、それって教師に関係ある?って、そこの固定観念もちゃんとひっくり返してくるという巧み設定&キャスティング。
そして、それに加えて今回の第1話、完成度を、大きく大きく高めてくれたのが、丸坊主にした女生徒役を演じた、田幡妃菜さんなんです。おそらく、多分、ホントに丸坊主にしてこの役に臨んでるんですよね(そうですよね?)。女の子で、美しく凛とした顔つきの、女優さんなのに…、ホントに丸坊主にしているんですよ。僕の勝手な妄想をすると…、彼女のマネジャー的視点で考えたら、ゴールデン・プライム帯の、花形枠じゃない、東海テレビさん制作の、深夜ドラマ枠で(って書いてたらとてつもなく失礼になってきた…。だけど、東海テレビさん!僕の「土ドラ」愛、知ってるよね!?…え?知らない?ヒ・ヒドイ!!前期『推しの王子様』のレビューで、2回も『恐怖新聞』の宣伝した僕だよ!?知らないとか…、ヒ・ヒドイ!!…自演)、作品の良し悪しが全く想像できない、オリジナルドラマの、第1話の、タイトルが「『顔だけ先生』なんだよ?そんなドラマ(そんな言うな)で、丸坊主にするってさ、リスクしかないじゃん?だけど、立派に、臆することなく、丸坊主にしてくれて、その覚悟が、ちゃーんと、ドラマのキャラクターとリンクして、見事なリアリティを生んでくれているの!!もう、この第1話の完成度は、あなたの力、あってのもの!!!本当に、本当に、ありがとう!!!!(え?僕、誰?)
で、最後に、今作は「オトナの土ドラ」から「土ドラ」へ名称変更しての第1弾。僕ね、「オトナの土ドラ」ファンとしてね、ちょっと残念だったんですよね、これ…。だって「オトナの土ドラ」の“オトナ”は、クレイジーと同義の“オトナ”じゃん(どういうこと)、恐怖から笑いまで、全てクレイジーに仕立てる、それが「オトナの土ドラ」だったわけじゃん!(違う)。だからそれが『火の粉』(第1作目、主人公が殺人鬼というクレイジー)であり、『リカ』(映画化までするクレイジー)であり、『パパがも一度恋をした』(本上まなみが塚地武雅に生まれ変わるクレイジー)であり、『恐怖新聞』(血!生首!骨食べる!!クレイジー)なわけじゃん。その“オトナ”って看板とっちゃったらさ、あなたの、その、唯一無二のアイデンティティ、失われるじゃん!!って思ってたの。だけど、今回の『顔だけ先生』を拝見して、合点がいきました。その“オトナ”ってのが、そもそも固定概念よね(そらそう)。この枠はそんな“オトナ”だけじゃない。クレイジーだけじゃない!!“オトナ”をとることで、こんなにも自由に、そしてさらに、これまでよりさらに、深いドラマを生み出していく!…その表明のための第1作が『顔だけ先生』だったってわけね…。納得!!!
って多分、一般視聴者で、「オトナの土ドラ」から「土ドラ」になったこと、ここまで親身に心配した視聴者、僕だけだったと思うの。うん、だからね、東海テレビさん、いつも、この枠のドラマ、大好きなんだよ!?だけどやっぱり、クレイジーなのもたまには頂戴ね!?(どういう媚びの売り方)
text by 大石庸平(テレビ視聴しつ 室長)