2012年に公開され、全米中の映画祭で旋風を巻き起こした映画「チョコレートドーナツ」。

ゲイのカップルがネグレクトに遭ったダウン症のある少年・マルコと出会い、絆を育みながらも差別と偏見の壁が立ちはだかって…というヒューマンストーリーは2014年に日本でも公開。単館上映だったものの、ヒットにより140館以上の劇場で拡大上映された話題作だ。

そんな作品の世界初となる舞台化で主人公・ルディを演じる東山紀之にインタビュー。演出を手掛ける宮本亞門氏との初タッグや、ドラァグクイーンに扮する意気込みを尋ねた。

固定観念をどうやって払拭することができるか

――舞台出演は約2年半ぶりだそうですね。

そうなんだってね!とはいっても、作品自体が素晴らしく、そして、世界で初めての舞台化になるので、僕の気持ちも集約していこうと思っています。

――映画版はご存じでしたか?

もちろん、今回のお話をいただく以前から知っていました。ただまさか自分がルディを演じる日がくるなんて思ってもいませんでした。でも、仕事ってそういうもので、やりたいと思っている時はなかなかできないけど、何も考えていないと意外と来るなという(笑)。

――映画版は各賞を総なめにしましたが、どんなところに魅力を感じましたか?

まずは人間的な強さ、そして、愛情の深さですね。要は全員が他人なわけですよ。それが愛情や母性でつながり、みんながみんなを必要として、敬意と愛情をもって結ばれていく。そういう思いは、いろんなものを超えていくんだなと感じました。

――出演が決まった時に「とても難しい役柄」と発言されていましたが、どんなところに難しさを感じたのでしょうか?

僕自身はドラァグクイーンでもないし、ゲイでもない。ただ表現者としての気持ちはわかるんですよ。どうやってリアリティをもたせるか…がまず難しいところで。こういう作品を日本でやるとなると、どうしても「東山が『チョコレートドーナツ』をやる」ことばかりが前に出てしまうので、そこをどうやって払拭し、いかに皆さんに物語の中へ入ってもらうか、ですね。

作品としてはとても素晴らしいものなので、ベストを尽くせば、自然とその世界観に入ってこられるんじゃないかと考えているんですけど。

――確かに「東山紀之がドラァグクイーンに扮する」ことばかりがクローズアップされてしまう可能性があります。

それはそれでしょうがないことなので、自分でも受け入れてやったほうがいいのかなとは思います。(目の前にある資料を指して)どう見ても、僕が女装してるようにしか見えないじゃないですか。その固定観念をどうやって払拭することができるかという。僕としては観終わった後に「ルディ、とてもよかった」となればいいだけの話なので。

――ドラァグクイーンとなると、普段とは違う体づくりも必要になってくると思うのですが…。

普段からもっとハードなことをしているから大丈夫。女性らしい仕草?やってみないとわからないけど、とりあえず大丈夫って言っておきます(笑)。

「I Shall Be Released」は“いつの日か自由に”というルディの思いをのせて歌いたい

――さすがです!では、脚本を読んだ感想を聞かせてください。

パーフェクトだと思いました。そして、映画を舞台化するにあたって、舞台ならではのシーンが出てくるので、「なるほど!」と感激しましたね。

――舞台ならではのシーンとは?

ルディが頭の中で思い描くシーンは舞台独特のものだと思うので、どんなふうにシーンが完成していくのかが楽しみです。だって、(歌手の)ベット・ミドラーが出てきちゃうんだもん。ベット・ミドラーって、とても女性人気が高いんですよね。「フォー・ザ・ボーイズ」とか好きだったな。

――演出を手掛ける宮本亞門さんとのタッグにも期待が集まっています。

妻の初舞台(2000年「滅びかけた人類、その愛の本質とは…」)が、亞門さんの演出だったんですよ。亞門さんともそのお話をさせてもらったんですけど、夫婦で亞門さんの演出を受けるなんてご縁があるなと思って。妻が「舞台のことはすべて亞門さんから教わった」と言っていたので、僕も亞門さんがつくり出すものを1から感じたいと思います。

――東山さんと宮本さんのタッグというと、どうしてもショー部分に期待してしまいます。

今は「おもいっきりやります」としか言えないかな。70年代の曲なので、全体的に明るくなると思いますよ。そういう曲が使えることも素晴らしい経験なので、華やかなショーの裏側にあるルディの感情をきちんと表現したいですね。

――特に楽しみにしているナンバーはありますか?

それはやっぱりエンディングで披露する「I Shall Be Released」ですよ。「この曲を歌えるんだ!」って感激しましたから。“いつの日か自由になるんだ”というテーマをきちんと届けるためにも、そこにいくまでの旅を皆さんに観ていただいて、同じような気持ちになってもらえたらうれしいです。

――東山さん演じるルディは、ショーパブでダンサーとして働きながらシンガーを夢見ている役どころですが、どんな印象を受けましたか?

ルディって正直なんですよね。恥じていないし、正しいことを正しいと言える強さを持っていて、そこにポールは惹かれていく。マルコに対する思いも憐みなどではなく、人間として惹かれたと思うんですよ。僕も娘がいますから親子の感情には強い思いがありますけど、ルディたちの関係は血のつながりとは違う、精神性の高い崇高なものだと感じました。

――そして、そんなルディと恋に落ちるのが検察官のポール(谷原章介)です。

ポールの良きところは、人との出会いによって目覚めていくところですね。僕なんかもそうですけど、いろんな人と出会うことで「あ!」みたいな発見の連続だったんですよ。人生には必ずそういう人が現れるので、その変化を受け入れる素直さが魅力なんじゃないでしょうか。

――マルコ役の一人、高橋永さんとはポスター撮影で対面されたそうですが、どんなお話をしたんですか?

ちょっと緊張していたみたいなんだけど、気をつかってくれたのか、「少年隊、大好きです」と言ってくれたんです。多分、お母さんに言わされたんだろうな(笑)。うれしかったですけどね。

――谷原さんともポスター撮影で会われたんですよね。

昨日、(谷原が司会をしている音楽番組)『うたコン』(NHK)を見ちゃったよ。どこかで気になってるんだろうな。谷原さんとガッツリ共演するのは初めてなんですが、いい男だから、そりゃルディは惚れるよね。おそらく舞台上で毎日キスするだろうから、それが楽しみ(笑)。ポスター撮影の時はプライベートな話をしたぐらいで、これから稽古に入って時間もたっぷりあるでしょうから、一緒にいろいろと練っていきたいと思います。

お客様に感動していただけるようベストを尽くすことが、コロナという見えない敵に打ち勝つ一つの方法なのかも

――最近は性的マイノリティやLGBTQを扱った作品も多く制作されていますが、今回の出演にあたって調べたことや勉強したことなどはありますか?

ダンスの世界にはそういう方がとても多く、ニューヨークなどでは100人中99人がそうなんですよ。僕たちにとっては普通なんだけど、まだまだ壁の厚さを感じることが多いですね。

子どもの頃は全然差別しないのに、大人になると差別が始まって、それが社会をダメにしているような気がするんですよ。もちろん、法律をおかしたりしたら、それは区別したほうがいいけれど、「そうじゃなかったら別によくない?」みたいな思いはあります。

このことは今回僕らが出せるメッセージの一つでもあるので、しっかりとアピールしたいです。

――コロナ禍で多くのエンタメが中断しましたが、そんなこともふまえて東山さんは本作にどのような思いで臨まれますか?

テレビもそうなんだけど、舞台に立つことにはたくさんの方が関わっていて、すべてが奇跡の連続なんですよね。お客様にしても、観劇にあたってチケットを予約したり、ファッションに気合を入れたり、楽しみたいという思いも含めてすごく労力をかけてくると思う。そういう人たちの思いが舞台に集まり、さらに、僕たちもちゃんとしたものをお見せしようと稽古を重ねる。

その空間は奇跡的なものなんだとコロナ禍以降、俳優だけじゃなく、お客様も感じていると思うので、秘めた思いはこれまで以上に強くなるんじゃないかな。皆さんに、より感動してもらえるようベストを尽くすこと…それが、コロナという見えない敵に打ち勝つ一つの方法なのかもしれません。

――劇中のマルコはチョコレートドーナツをこよなく愛していましたが、東山さんにとっての“チョコレートドーナツ”は何ですか?

白米ですね。そんな話でいいの(笑)?もっと特別なもののほうがいい?でも僕、本当にチョコレートが大好きで、毎日必ず1袋は食べるんですよ。

――そういえばかつて、チョコレートのCMもやっていましたよね。こだわりはあるんですか?

甘いほうが好きだね。元気にもなるし。甘くて安い、こういうやつが(と包み紙の両サイドをねじる仕草をしながら)大好きです。

――舞台中のルーティーンにしていることや、ゲンを担ぐこともあるのでしょうか?

ゲンを担ぐことはないけれど、生放送の前日はお蕎麦と決めています。朝早く…というか、真夜中に起きなければいけないので、体がラクなんですよ。

――地方公演もありますから、各地でおいしいものを食べる機会も多くなりそうですね。

必ずこれでなければいけないということはないので、その場その場で対処するようにしています。ハンバーガーしかないっていうんだったら、それでも構わないし。チョコはどこでも買えるし、蕎麦だってどこでも食べられるからね。

――公演を楽しみにしている皆さんへメッセージをお願いします!

この作品は、苦しい状況の中でも“愛や希望”のため、必死に立ち向かう人間の姿を描いています。僕が演じるルディは、感情の起伏は激しいけれど、愛情深い人物。宮本亞門さんが表現する世界観を楽しみながら、全身全霊で演じたいと思います。ドラァグクイーンのショーシーンでは様々なダンスを披露しますし、名曲の歌唱シーンもありますので、どうぞ楽しみにしていてください。

詳細は、舞台「チョコレートドーナツ」公式サイトまで。