初の長編「机のなかみ」(2005年)、「純喫茶磯辺」(2008年)、「さんかく」(2010年)など、男女間の気持ちの比重の差を軽妙なコメディとして描く一方、「ヒメアノ〜ル」(2016年)、「愛しのアイリーン」(2018年)など、ヘビーな人間模様の描写にも定評のある異才・吉田恵輔監督。

その監督の「映画賞を狙える最高傑作を撮る」という宣言のもとに制作された最新作「空白」が、9月23日(木)に公開した

物語は、スーパーの化粧品売り場で店長・青柳(松坂桃李)に万引きを疑われ逃走した女子中学生・花音(伊東蒼)が、道に出た途端、車に轢かれ死亡してしまうところから始まる。

花音の父・充(古田新太)は「娘が万引きをするわけがない」と信じ、疑念をエスカレートさせ、事故に関わった人々を追い詰めていく…。

フジテレビュー!!は、主演の古田新太、重要な役どころを務めた寺島しのぶ、吉田監督に取材。そのインタビューを前後編でお届けする。後編では、もう1人のメインキャスト・松坂桃李の印象や、それぞれが自身の「空白」を埋めるものについて語ってもらった。

<古田新太×寺島しのぶ×吉田恵輔監督 インタビュー>

左から)寺島しのぶ、古田新太、吉田恵輔監督

古田新太「花音はね、なぜか目がいっちゃう」娘役を演じた伊東蒼に感じたもの

──吉田監督は「この作品には芝居がうまい人しかいない」とコメントされましたが、古田さん演じる充の娘・花音役の伊東蒼さんのお芝居はいかがでしたか?

吉田あの子はキャリアが長いですから。たしか小学生のときに主演映画(「島々清しゃ」/2017)を撮っていたんじゃないかな?

古田:花音(伊東)はね、すごく存在が目立つんです。登校シーンとかでたくさん生徒役がいる中でも、なぜか、「あ、あそこに花音いるわ」って思っちゃうんですよ。何か希有な存在だな、と。でも、そういう役者って必ずいるんです。そんなに派手じゃないんだけど、なぜか目がいっちゃうなっていう。

花音とのシーンで印象的だったのは、映画の最初のほうで、オイラと花音が台所でしゃべっているシーン。「この子、本当にオイラのこと怯えてるな」って思った(笑)。

寺島:桃李くんのことも怯えさせて、みんなを怯えさせて、もう〜(笑)。

充の娘・花音(伊東蒼/写真左)と花音の担任教師・今井若菜(趣里/写真右)

松坂桃李は「何を考えているか分からない」!?

──松坂さんは本当に怯えていたのでしょうか?

吉田いや…桃李は、実際のところ何を考えているかわからないところがあるから(笑)。でも、古田さんじゃなくて充には、青柳直人として怯えていたと思いますよ。カットがかかるとホッとするのか、異様にニコニコしていましたから。

これは俺の個人的な感覚ですけど、「桃李くんって、どういう人?」って聞かれると、定義しづらい分だけ、逆に言うとどんな役にもハマリやすい人なんだなと思ったところはありますね。

青柳(松坂桃李)につかみかかる充(古田新太)

──古田さんと寺島さんからも、松坂さんの印象をうかがえますか。

寺島:そうですね…この作品の現場で一緒だった桃李くんに限って言うと、やっぱりどこか暗かったかもしれない。一生懸命、役になりきろうとしていたんじゃないかなっていう印象がありますね。だって、相手にまわすのが古田さんだから、普通にやっていたら敵わないですよ。だから、いろいろと彼なりに考えたんだと思う。

で、お節介なおばちゃん(自身演じる草加部)が、ちょいちょいカマかけてくるから、苦しかったんじゃないかな(笑)。

古田:桃李とは前に、映画「パディントン」シリーズの吹き替えで一緒になったことがあるんですけど、“生身”でお芝居するのは今回が初めて。でも、「パディントン」の宣伝でよく一緒になっていたから、しゃべっていたんです。そのときから、きっと素直なお芝居をする人なんだろうなと思っていて。

ただ、そういう印象を持って現場で会ってみて、実際にお芝居したら「アレッ!?」って肩すかしを食らうことも少なくないんです。でも、桃李の場合は、「お、思ってた通りのお芝居をするんだ」と思ったし、すごく安心しました。「よかった、失望しなくて」って(笑)。

吉田知れば知るほど、謎が深まるんですよね、桃李の場合。

古田:器用な俳優じゃないですよね、いい意味で言うんだけど。

吉田そうなんですよ。でも、いい芝居ができる。そこが不思議なんですよね。あと、私生活の匂いがしないですよね。謎めいているイメージがあって。

古田:「空白」の撮影中、オイラが誘っても飲みに来なかったもんな。

寺島:絶対に呑み込まれちゃうって思ったんですよ、古田さんのペースに(笑)。

古田:そうかな〜!?オイラかなり優しいけどな…飲み会の席では(笑)。

吉田でも、もし桃李が飲みに付き合ってくれていたとしても、古田さんがずっとしゃべって、桃李が笑顔で話を聞いているっていう図が想像できますよね(笑)。

古田:わかるわかる、浮かぶよね(笑)。

寺島しのぶ「自分の考えを良かれと思って他人に押し付けられるって、ある意味すごい」

──話は変わりますが、お互いの役の視点から見て、添田充と草加部麻子という人物はそれぞれの目にどう映ったのでしょうか?

古田:添田さんからしたら、ものすごく草加部さんのこと苦手だと思う。まあ、得意な人はあんまりいないと思いますけど(笑)。

寺島:たしかに(笑)。

寺島しのぶ演じる草加部

古田:添田さんは、放っておけば黙っている人だから。お節介じゃないからね。でも、草加部さんはお節介だから、自己中(心的)のタイプが違うんです。ま、オイラは添田さんとも友達にはなれないけど(笑)。しのぶちゃんは?

寺島:そうですね…ここまで自分の考えを良かれと思って他人に押しつけられる草加部さんって、ある意味すごいなと感じながら演じていましたね。

でも、今って相手がどう思うとかあんまり考えないのかな?特にSNSとかの誹謗中傷も、相手のことを考えないから一方的に攻撃できるんだと思うし、そこに「いいね!」って乗っかってきて陶酔しているようなところがあるじゃないですか。そのケースとは違うかもしれないですけど、なんとなくコミュニケーション不足というか、そこが欠けてきているのかなと思ったりもします。

昔の義理人情の世界とは、ちょっとかけ離れたところまできちゃったのかなという印象は、どうしても否めないですよね。

──そういった中で、映画の後半で充に少し変化が見られるのは、どういった意図なのでしょうか?

吉田そういう人が変わるところが見たいんですよね、俺は。俺自身が興味を抱いている人が、何を得てどう変わっていくのか…それが大きな変化じゃないにしても、変わる瞬間が見たいんです。

さすがに、添田充や草加部麻子のようなタイプは俺の周りにはいないですけど(笑)、自分の中で“正義”というものが生まれてしまうと暴走しやすいんだろうなということは、なんとなくわかるんですよね。

特に草加部さんは、社会的には正しいことをしているっていう意識があるわけじゃないですか、ボランティア活動をしているので。ある意味、国から認められている感があるし、「私は正しいことをしています!」って言われると止められなくなるような空気を発していて。

そう考えると、正義って怖いな、と。戦争だって、突き詰めれば自分たちが正しいと思って始まるわけだから、怖いですよね。

古田新太の「空白」を埋めるものは“平和の水”

──最後に、「空白」という映画のタイトルにちなみまして、ご自身の「心のすき間や空いた時間」=「空白」を埋めるものは何かを聞かせてください。

古田:オイラは、酒ですね。酒があれば、すべてが埋まる(笑)。酒が争いの元になることがないとは言わないけど、基本的に冷静で自分の正義をかざさない人間にとって、酒は“平和の水”だから。陽気に飲めば、知らない人とも仲良くなれるし。

吉田俺は…かわいい子に褒められたら、ほとんどのことは埋まる気がしますけどね。

古田:ハハハ(笑)。

寺島:すべての空白が埋まる、と(笑)。

吉田「すべてのことが満たされた」って思えてくる。その瞬間だけですけど(笑)。

古田:うん、わからないではない。

吉田たいして俺に興味のない人が、すごい圧で褒めてくると「うわ〜…」と引いてしまいますが、ほどよい笑顔で褒めてもらえると、その瞬間は心のすき間が埋まるかなと思います。

寺島:じゃあ、草加部さんみたいな人はお断りってことね!

吉田そうですね(笑)。でも、草加部さんのような人に限って、仕事ができたりするんだよな…。

寺島:そうよ、草加部さんがいなかったら、あの「スーパーアオヤギ」は立ち行かなかったはずだもん。

古田:絶対まわらないよ。桃李だけじゃ絶対にまわらない。

寺島:そうそう、すぐダメになっちゃってたと思う。

吉田桃李じゃなくて、青柳直人ですけどね(笑)。

──寺島さんの「空白」を埋めるものはなんでしょうか?

寺島:う〜ん…無理に埋めなくても「空白」のままでもいい気がするんですよね。何か、ある程度時間が経ってから思い返すと、「あれはなんだったんだろう?なんの魔術にかかっていたんだろう、私」って、なんだかどうでもよくなることあるじゃないですか。

大抵のことは時間が解決してくれるって言いますけど、たしかにそれはそうで。昔は顔も見たくなかった人だったのに、「人生が終わるまでに、あの人に謝っておきたいな」とか、思うような年齢になってきちゃったんです(笑)。

古田:あら〜!でも、本当そうなんだよね。時間が経つことも大事なんだって、「空白」では描かれている気がします!

撮影:山越隼
取材・文:平田真人

映画「空白」は、公開中。
配給:スターサンズ/KADOKAWA
© 2021 『空白』製作委員会 

最新情報は、映画「空白」公式サイトまで。