大人になり年を重ねるほど、神様からのご褒美なんてもらえないと思っていませんか?

小林聡美さん主演の映画「ツユクサ」(4月29日公開)は、50歳を目前にした女性の日常に起きた、ささやかな奇跡の物語。

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映画「やじきた道中 てれすこ」(2017年)でタッグを組んだ平山秀幸監督と、脚本家の安部照雄さんが10年以上温めてきたオリジナル作品です。

だれもが幸せを求めて生きているけれど、長い人生、幸せを見失ってしまうこともある。そんな時は、立ち止まったらいい。少し休んで自分を取り戻したら、また歩き出せばいい…。

奥深い人間ドラマを描いてきた2人が紡ぎ出す人間賛歌であり、心がほっこりするような“大人のおとぎ話”です。

確率は“1億分の1” 隕石にぶつかった出来事から奇跡が始まる

主人公の五十嵐芙美を演じるのは、「東京オアシス」(2011年)以来、11年ぶりに主演を務めた小林聡美さん。芙美は、小さな港町で、ボディタオルを作る会社で働きながら1人で暮らす女性。ワケあって少し前から断酒会に通っています。

物語は、そんな平穏に暮らす芙美の車に隕石がぶつかるという、信じがたい出来事から始まります。隕石に遭遇する確率は、“1億分の1”…まさに奇跡です。

映画「かもめ食堂」(2006年)や「めがね」(2007年)で演じた、丁寧な日常を送る女性と重なりながら、小林さんの清潔感と茶目っ気が相まって、芙美はよりキュートで人間味を感じるキャラクター。

職場の同僚を演じるのは、平岩紙さんと江口のりこさん。芙美と直子(平岩)と妙子(江口)の何気ないおしゃべりや、上司のうわさ話、買い物を巡る言い合いなど、思わずクスッと笑ってしまうような会話がなんとも心地よく交わされます。

それは、お互い心に傷を持つ彼女たちだからこそ、“言いたくないことには触れない”という暗黙の了解があるからなのかもしれません。

また、芙美にとって、直子のひとり息子で小学生の航平(斎藤汰鷹)も、大切な存在。うんと年は離れているけれど、一緒に遊びに行ったり、髪を切ってあげたり、義父・貞夫(渋川清彦)とうまくコミュニケーションが取れないという航平の相談に乗ったりと、何でも話せる親友です。

人間を描くことに定評がある平山監督は、本作でいくつもの心に染みるシーンを映し出していきます。

その1つが、宇宙が大好きな航平に隕石を拾いに駆り出された芙美が、家まで迎えに行くシーン。窓の外から芙美が、「航平くん、遊びましょー!」と呼び出します。この懐かしい誘い文句は、芙美と航平の無垢な友情を表現しながら、観客が郷愁を感じるという効果も発揮します。

芙美が夕食にハンバーグを作り、食べるシーンも印象的です。できあがったハンバーグを1口食べ、「腕、落ちました」と言う場面は、芙美の悲しみを知った時、初めて理解できるという仕掛けになっているのです。

「キスをすると、迷惑ですか?」ためらいがちなひと言から始まる大人の恋

やがて、芙美に小さな奇跡がもう1つ訪れます。それは、この町では見慣れない男性・篠田吾郎(松重豊)との出会い。吾郎は、草笛が上手で、「ツユクサが一番いい音が出るんです」と、芙美に草笛の吹き方を教えます。それをきっかけに芙美は、吾郎のことが気になっていきます。

若い頃のときめきとは違い、惹かれ合いながらもなかなか一歩が踏み出せない大人の恋。それは、芙美には悲しい過去があり、吾郎もまた心に傷を持っているからです。

それでも、「キスをすると、迷惑ですか?」と、ためらいがちな吾郎のひと言から始まる2人の恋は、不器用で控えめだけれど、人生経験を積んできたからこそのやさしさが、ジワリとにじみ出ています。

そして、「痛みだけ取ってください。そうしたら、またがんばれますから」という芙美の言葉の意味とは…?

静かに流れる2人の恋愛シーンですが、完成披露プレミアイベントで小林さんは、「これまで、あまり恋愛がらみのシチュエーションがなかったので、台本を見てドキッとした」。松重さんも「この年になって、恋愛を担うとは思っていなかったので挑戦だった」と語るように、2人にとって本作は挑戦だったようです。

人生に起きた出来事を“人生のハプニング”にできるかは自分次第

タイトルの「ツユクサ」は、道ばたに咲いている雑草に近い植物ですが、「草笛で一番いい音が出る」と吾郎がいうように、ちゃんと価値もあります。それは、目立たなくても堅実に生きる芙美にも通じ、そんな芙美の魅力を吾郎は理解するのです。

幸せを見失ってしまった芙美は、しばらく立ち止まっていました。でも、小さな奇跡によって彼女の人生が再び動き始めます。

本作についてのインタビューで、松重さんは「人生に起きたハプニングを、幸せな事件として捉えられたらいいですよね」と語っています。

隕石がぶつかるという1億分の1の出来事も、草笛が吹けるようになった些細な出来事も、同じ人生の1コマ。人生に起きたその出来事を、“幸せなハプニング”にできるかどうかは自分次第です。

平山監督は、「本を読んだ後に、“いい読後感”があるとすれば、その感覚を映画でもやれないかなと思った」「心地よさや、ふんわりした楽しさを残せる作品を作りたかった」とコメントしています。

まさに平山監督の狙い通り。見終わった後に、自分にも奇跡が起きたようなやさしい気持ちになれ、恋をあきらめていた人には、自分にも幸せが訪れるかもしれない、と思わせてくれる作品でもあります。

心が鈍感になっている大人たちに、そっと寄り添って希望を与えてくれる。そんな一服の清涼剤となる映画です。

文:出口恭子

映画「ツユクサ」は4月29日(金)より全国公開

配給:東京テアトル

©2022「ツユクサ」製作委員会

最新情報は、映画「ツユクサ」公式サイトまで。