玉川大学(東京都町田市、学長:小原一仁)工学部のデザインサイエンス学科は、現場での体験に重きを置いたモノづくりを実践しながら、“デザイン思考”を養い、イノベーションを生み出す社会問題の解決思考と起業家精神を育んでいます。学生たちは、モノづくりの基盤となる数学や物理を学びつつ、3Dプリンターや3DCADなどを使いこなし、デザインや工学、プログラミング全般を習得しています。
併せて、知的財産権教育を主に担当する黒田潔教授や、平社和也講師らの指導のもと、2017年度から、文部科学省や特許庁、日本弁理士会などが主催する「デザインパテントコンテスト」に毎年応募しており、2025年度は同学科の1年生から4年生までの15人が挑みました。711件の応募作品の中から、今回、2年生(受賞当時)の素村佳江さんが「優秀賞」を受賞しました。玉川大はこれまで9年連続で応募し、12件目の受賞となります。
素村さんが考案したのは、袋の口を留める食品用の「袋どめクリップ」です。優秀賞の30作品は意匠登録の出願支援対象になっており、素村さんは弁理士のアドバイスを受けて特許庁に出願しました(審査中)。
作品の着想から設計の工夫、進路選択の背景や今後の展望について、素村さんと黒田教授に聞きました。
<黒田潔教授と素村佳江さん>
――受賞おめでとうございます。今回、どのような経緯で応募に至ったのですか。
素村「デザインパテントコンテストは入学当初から興味は持っていたのですが、1年生の時は迷っているうちにタイミングを逃してしまい、2年生こそは挑戦しようと思って、今回の応募を決めました。2025年12月に受賞が決まり、3月に表彰式がありました。初めての参加で受賞できるとは思っていなかったので、素直にびっくりしました」
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<素村さん>
「粉が舞う」という身近な不便さから発想
――受賞作品の「袋どめクリップ」について教えてください。
素村「今回製作したのは、特に粉物の袋を挟むことを想定したクリップです。食品用のクリップには既製品がありますが、それをさらに使いやすくできないかなと考えたのがきっかけです。普段、お弁当屋さんでアルバイトをしており、調理の際に小麦粉やパン粉、砂糖などの袋を開け閉めするたびに粉が舞ってしまうのが気になっていたんです。また、袋の口をきちんと留めていなかったために、中身をこぼすこともよくありました。自宅で使う時も同じような不便さを感じていたので、なるべく小さな口で密閉することで、粉の飛散を防げるようにしたいと思いました」
――なんと、巾着袋から着想を得たそうですね。
素村「はい。最初はクリップを横から挟むだけでなく、上からも挟むことで、より強く密閉できるのではと考えたのですが、検討を重ねるうちに、クリップを装着したまま中身を出し入れできるようにしようと思いつきました。そこで、『つけたまま使える』既存の商品を調べてみたのですが、キャップのように取り外して使うタイプが多く、袋状のものには合わないと感じました。私は裁縫が得意で布製品を作るのも好きなので、布の巾着袋のひもの仕組みを応用できないだろうかとひらめき、今の形状に至りました」
<作品を説明する素村さん>
――先生はどのようなアドバイスをされたのですか。
黒田「我々は直接手伝うことはせず、学生が100%、自分たちの力で取り組んでいますが、最初にそのアイデアを聞いた時、着想は良いものの、実際に作れるかどうかを心配しましたね(笑)。また、意匠は見た目(デザイン)で評価される部分が大きいので、この複雑な構造が審査でどう判断されるのかも気がかりでした。結果的に、今回の審査員はメカニカルな部分もきちんと見てくださり、CADによる図面がしっかり書けていたことも評価につながったようです。弁理士の方からは、意匠だけでなく、特許にもなり得る内容だとの助言をいただきました」
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<黒田教授>
洗いやすさや紛失防止も考えた設計に
――確かに、かなり複雑な形状で、これが学生さんの発案ということに驚きです。
素村「パーツは四つですが、実際に使用する際は三つに分解できる構造になっています。部品数が多くなると紛失しやすくなるため、なるべく点数を抑えるようにしました。また、食品に使うものなので洗いやすさも意識し、ひもを通す穴もあえて開けたままにすることで、外して洗え、乾きやすい形にしています。学内のメーカーズフロア*にある3Dプリンターを使って丸一日かけて製作するのですが、自分が設計した図面と、実際に出力された部品のサイズにやや誤差が生じ、うまく組み立てられないなどの問題も多々起こりました」
*メーカーズフロア:https://www.tamagawa.jp/university/feature/makers_floor/
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<メーカーズフロアの3Dプリンター>
――最も苦労したところはどこですか。
素村「製作ももちろん一筋縄ではいきませんでしたが、やはりこの形にたどり着くまでの過程が一番大変でした。コンテストに向けては、学生と先生方が集まって進捗(しんちょく)を報告し合う会があり、私はなかなかペースが上がらず、自分でも不安を抱えたまま進んでいました。試作モデルも3回作り直しており、最初は既存の挟むタイプをいったん形にしてみて、そこから少しずつ工夫し、構造を付け足していくやり方でようやく現在の形状に落ち着きました。クリップを装着したまま持ち上げても手が滑らないよう溝を設けたり、クリップの開閉時にしっかりと固定されるよう内部に小さな突起を作ったりしたことも特徴です」
<袋どめクリップ>
――製図に加え、先行調査でも厳密さが求められるそうですね。
素村「そうなんです。過去に似た形状の製品がないかどうかを調べる作業も、自分の作りたい構造がある程度固まらないと進められないので苦労しました。2年生になってからデザインの検討を始め、9月の応募締切までタイトなスケジュールだったことから、書類もかなり焦りながら頑張って仕上げた記憶があります。横から閉じる、上から閉じるというそれぞれのタイプはあっても、このような巾着型の食品用クリップは、私が調べた範囲では見当たりませんでした」
<受賞作品の図面>
――授業や研究と並行してコンテストに取り組むのは大変な分、得られるものも大きいでしょう。
黒田「そうですね。工学部デザインサイエンス学科では、毎年コンテストに応募していることから、教員からだけでなく、学生同士でもそれぞれのコンセプトについてコメントし合う場を作っています。応募人数は年によって差があり、2025年は15人でしたが、2026年度は25人を超えそうです。現在在職中の助手も、かつて2年連続で受賞した経験を持ち、ほかにも『知的財産権の基礎』という授業を履修し、特許関連の業務に携わる企業に就職したコンテスト参加者の卒業生もいます。進路には少なからず良い影響を与えているようですね」
――2026年度で、コンテストへの応募開始から丸10年を迎えます。これまでほぼ毎年、受賞者を輩出してきた玉川大学工学部の教育の強みは何でしょうか。
黒田「受賞した学生に共通するのは、『課題を発見する能力』にたけていることです。“デザインで課題を解決する”力を身につけるデザインサイエンス学科という環境に身を置き、歴代の先輩方を見てきていることも大きいでしょうが、これはもう、大学からの教育だけで培われるものではないと思います。彼女もそうですが、日々の生活の中でどこに問題があるか、それを見つけたらどう解決していくか。このように考えられるセンスのある学生は、一人でどんどん進めていくことができます。小さい頃から、オモチャが壊れたら直してみようとか、欲しいモノがあったら作ってみようとか、そんな環境や感覚の中で育ってきた学生は、そうした能力が高くなるのかもしれません」
美術と理数系への興味から見つけた工業デザインという進路
――素村さんがデザインサイエンス学科を志した理由を教えてください。
素村「高校で進路について考え始めた頃、幼い時から工作をしたりイラストを描いたりすることが好きだったので、美術系に進むことも考えたんです。一方で、当時、面白いと感じていた授業は、数学や物理、化学など理系の科目でした。文理選択のタイミングでははっきりと将来を決めきれていなかったのですが、3年生で進路を具体的に決める段階になって、いわゆる芸術的なデザインではなく、日常的に使うものの形を考える『工業デザイン』という学問があることを知りました。工学部の中にもデザイン系の学科があると分かり、たくさんの大学をリサーチする中で玉川大学に出会いました」
――実際に入学してみて、授業はどうでしたか。
素村「もともとデザインだけでなく、ロボットや電子回路など、工学分野を幅広く、横断的に学べる点に魅力を感じていました。私自身、興味がいろんなところに分散しやすいタイプなので、学科の授業はどれも楽しく、それぞれワクワクするポイントがあります。身近な文房具や家具、家電などのモノづくりにも関心があり、コンテストに参加したことで、日常のちょっとした違和感に気づくことも多くなったと感じています。まだ具体的なアイデアは固まっていませんが、昨年の経験も踏まえ、次のコンテストでは特許にも挑戦してみたいと考えています」
――今後の成長が楽しみな学生さんですね。
黒田「このコンテストは意匠部門か特許部門かのどちらかにしか出せないルールなので、彼女には次回、特許の方にぜひ挑んでみてほしいですね。特許の書類作成の難易度は高いのですが、実際に商品化する場合は意匠と特許の両方を出願することが一般的なので、良い経験になるのではないでしょうか」
デザインとは“設計”である
――デザインを学んだ経験は、多くの分野で役立てられそうです。
黒田「デザインというと、高校生くらいであれば、何かの形を作ることだとイメージするかもしれません。しかし、デザインの本質は『設計』にあり、単に絵を描くことだけがデザインではありません。目の前の課題を解決することだけでなく、社会の仕組みそのものをデザインすることも“デザイン思考”の重要な考え方です。デザインにはそうした大きな役割があることを伝えていきたいですね」
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――それこそが、工学部で学ぶ価値ですね。
黒田「例えば、仏像の様式や城の石垣を見てどう感じるでしょうか。仏像の姿形には歴史的、宗教的な背景に基づく合理性があり、決して美しく見せるためだけに作られているわけではありません。また、何百年も崩れずに残っている趣のある石垣にも、その積み方には構造的な知恵が込められており、見た目の美しさと機能性が両立しています。感性や思いつきだけで生まれる造形は意外に少なく、優れたデザインの裏には必ず、科学的な根拠があるものです。そういう意味で、芸術とは一線を画した、工学ならではのデザイン教育を進めていきたいと思っています」
以上
■参考情報
令和7年度デザインパテントコンテスト選考結果
https://www.inpit.go.jp/patecon/r07dp_results.html
玉川大学工学部
https://www.tamagawa.ac.jp/college_of_engineering/
玉川大学工学部デザインサイエンス学科
https://www.tamagawa.ac.jp/college_of_engineering/design/
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