「分からないことを、分からないままにしない。」
その姿勢を原点に歩み続けるのは、世界トップクラスのシェアを誇るワイヤーハーネス事業、自動車部品事業を展開する矢崎総業株式会社(本社:東京都港区、社長:矢﨑 陸)の三浦真紀子さん。男性が多い技術領域でキャリアを重ね、現在は技術研究所の解析技術センター材料分析応用技術部・組成・構造解析チームのリーダーとして活躍しています。
入社当初は専門外の領域からのスタートでしたが、「学び直したい」という強い思いから、会社の派遣留学制度に自ら手を挙げて大学院へ進学し、修士課程で研究に打ち込みました。その後も女性技術者として仕事と育児を両立しながら歩みを止めることなく、自身の道を切り拓いてきました。三浦さんに、これまでの歩みと大切にしている考え方を伺いました。
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専門外の配属から学び直しへ―技術者としての基盤を築いた転機
三浦さんは1997年に矢崎総業に入社し、海外メーカーと光ファイバ事業を手掛ける合弁会社に配属されました。当時、業界内で光ファイバが拡大する中で、会社としても注力するフェーズにあり、そこで開発業務を担当しました。しかし、「大学時代は応用化学を専攻していたため、光通信や光ファイバは専門外で、現場で必要とされる知識や技術は一つ一つ実践の中で吸収していきました」と当時を振り返ります。
直属の上司はアメリカ人で、日々の業務報告や技術的な議論、レビューはすべて英語。仕事後や週末に英語学習に取り組みながら、論点を整理し要点を伝える力を磨いていきました。やがて海外での学会発表も3回経験します。
「英語で研究内容を説明し、質疑応答を通じて議論を深めるプロセスは、技術理解と言語運用の双方において、大きな鍛錬の場となりましたね。」
そのうち、「理論と実装の両面から課題に向き合う力をもっと高めたい」と考えるようになり、社内の派遣留学制度に着目し、2003年に大学院の修士課程に進みました。大学院では、「光ファイバにおけるレイリー散乱損失の研究」に取り組みました。ファイバは長距離伝送の過程で信号が弱まりますが、その原因の一つがレイリー散乱です。ガラスが固まる際の状態によって散乱の大きさが変わるため、それをできるだけ抑える必要があります。そこで、散乱が起きにくい光ファイバの作り方を研究していました。「現場の課題意識を持ったまま研究に向き合えたということは、その後の技術者としての土台になっています」と三浦さん。
修士課程終了後は技術研究所に配属され、複数の部署を経験しながら専門領域を広げてきました。海外での研究発表も2回行っています。英語での実務や学会発表を通して培った力は、部門間や海外拠点との連携において、要点を簡潔に伝え、共通理解を築く場面でも活かされています。現在は技術研究所の解析技術センター材料分析応用技術部でリーダーとしてチームの運営と技術課題に日々向き合っています。
大学院での学びが築いた、揺るがない判断軸
大学院へ進んだ当時を振り返り、三浦さんは次のように語ります。
「業務に取り組む中で、専門外の領域に直面することが多く、疑問を持っても解決できない場面がありました。一から学びたいと考えた際に、社内の派遣留学制度を知りました。」
当時、女性社員がこの制度を利用して修士課程へ進学した前例はなく、選考や調整には時間を要したといいます。そのような中で、人材開発部門の担当者が、部門トップに向け粘り強く合意形成を進めたことで、三浦さんは挑戦の機会を得ました。
その後、社内選考・大学院の試験を突破し、29歳で修士課程へ進学。三浦さんは、同制度を利用して派遣留学を果たした最初の女性社員となりました。
三浦さんの派遣は、当時の会社にとって簡単な決断ではなかったのかもしれません。それでも人材開発部の後押しを受け、挑戦の機会を得ました。その後、社内選考に加え大学院の試験も突破し、修士課程へと進学しました。
そして、大学院で出会ったのは、“曖昧さを許さない”研究姿勢でした。
「指導教員は非常に厳しく、『分からないことを、分からないままにしない』という考えを徹底されていました。」
曖昧さを残さず、自分の言葉で説明できるところまで理解する—。その姿勢は、いまも仕事の判断軸になっています。
「説明できないということは、まだ本質を理解できていないということだと思っています。」
「会社に投資していただいた以上、それを仕事で活かしたいという思いがありましたし、何より仕事そのものに楽しさを見出せるようになりました。」
大学院で培ったこの姿勢こそが、現在の三浦さんの技術者としての土台となっています。
開発の“その先”を支える解析技術とは
三浦さんが所属する技術研究所は、矢崎グループの現行事業だけでなく、将来の成長を支える技術基盤の研究開発を担っています。
なかでも材料分析応用技術部は、先行開発のさらに一歩先を見据え、基礎開発を支える解析技術の強化をミッションとしています。
「量産から市場に出た後まで、あらゆるフェーズで発生する不具合や課題に向き合い、その原因を明らかにするのが私たちの役割です。問題が起きたとき、“なぜ起きたのか”を分析によって解き明かします。」
製品の品質と信頼性を根底から支える存在です。
現在は難易度の高い課題に対するアプローチ設計に加え、メンバー一人ひとりが強みを発揮できる環境づくりにも力を注いでいます。
「目標の言語化や学びの設計など、必要に応じてメンバーに寄り添いながら支えることを大切にしています。」
さらに解析技術の進化を目指し、最先端の研究施設も活用しています。例えば東北大学の3GeV高輝度放射光施設「ナノテラス」を活用し、分子や原子レベルの動きを追究。実験室では見えない領域まで踏み込み、解析技術の構築を進めています。
“壁”を壁にしない選択が、今をつくる
現在の部署では女性が約3分の1を占めていますが、入社当時、最初に配属された開発部署の女性社員は三浦さん一人でした。
「1990年代当時は、残業や突発対応を前提とした働き方が当たり前でした。」
そう振り返る三浦さんは、ライフステージの変化がキャリアに影響されやすい時代にあっても、自ら挑戦する道を選び続けてきました。
壁を感じなかったのかと尋ねると、「私の場合、それらを“壁”としなかったのだと思います」と穏やかに語ります。修士課程へ進学したのは29歳。人生の選択が重なる時期にあっても、学びの道を選びました。その決断は、決して小さなものではありませんでした。
「大学院での学びを糧に、仕事にしっかり向き合いたいと考えていました。」
周囲の状況に流されることなく、自らの意思で選択を重ねてきたこと—その積み重ねが、現在のキャリアへとつながっています。
支え合える職場をつくる側へ—管理職としての視点
大学院進学後、社内で経験を重ねながら、結婚・出産を経て仕事と育児を両立してきた三浦さん。その根底にあるのは、「すべてを一人で抱え込まない」という考え方です。お子さんが幼かった頃は、急な呼び出しに対応する場面もありました。限られた時間の中で何を優先するかを考え続けてきた経験は、現在のマネジメントにも良い影響を与えています。
「優先順位を明確にし、力の入れどころを状況に応じて調整する。完璧を求めすぎないことを意識してきました。」
「すべてを全力投球するのではなく、力を入れるところと抜くところをつくる。その調整の仕方は、“母親としての経験”が活きているのかもしれません」とも語ります。
両親の支援に加え、会社の制度にも支えられてきたといいます。だからこそ現在は、制度を“使える環境”にすることが管理職である三浦さんの役割だと考えています。
「制度はあるだけでは意味がありません。必要なときに使えるようにすることが大切だと思っています。」
大型の分析装置を扱う業務上、すべてをリモートで完結させることはできません。それでも在宅で対応可能な業務を切り分け、柔軟に働ける体制づくりを進めています。
「制度があることを伝え、安心して使えるようにする。それが仕事と家庭の両立につながると考えています。」
三浦さん自身も制度を活用する立場です。
「実は年末に骨折してしまい、運転ができず、家族の送迎が難しい日は在宅勤務を利用しています。」
子育てに限らず、誰もが支援を必要とする瞬間があります。だからこそ、一人ひとりの事情に寄り添える組織でありたいと語ります。
次世代に伝えたい、キャリアとの向き合い方
現在の“楽しみ”について尋ねると、三浦さんは迷うことなく「チームメンバーの成長に関われること」だと語ります。
「メンバー個々の挑戦が少しずつ形になっていく過程に立ち会えることが、いまの大きな喜びです。」
現在率いるチームは7名。成果発表の場でメンバーが堂々と発表する姿や、自身の立場を理解し支えてくれる場面に触れるたび、確かな成長を実感しているといいます。
一方で、女性技術者を取り巻く環境は着実に変化しています。
「私より前の世代の方々は、もっと厳しい環境の中で道を切り開いてこられたのだと思います。そう考えると、私は恵まれていた部分も多かったと感じています。だからこそ次世代には、自分の大切にしている価値観に向き合いながら、それぞれが納得できる道を選んでいってほしいですね。」
三浦さんは、キャリアの形は一つではなく、それぞれの選択が尊重されることが何より大切だと語ります。
「そのうえで、制度は特別な人のためのものではなく、使う意思のある人の背中を押す仕組みだということを伝えたいです。誰もが自分らしい選択をしながら働ける環境をつくっていけたらと思います。」
そして最後に、少しだけ表情を緩めながらこう続けました。
「実は、私には夢があるんです。いまは心の中に留めていますが、その夢を持ち続けているからこそ働き続けられているのだと思います。いつか実現できるよう、これからも歩みを止めずにいたいですね。」
夢を語り切らない—。その静かな決意に、三浦さんらしさが表れていました。
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