水木しげるさんの妖怪誕生の裏側と、妖怪画の魅力を“ナイトツアー”でさらに深掘りしました。
7月8日(金)から東京シティビューにて開催中の、水木さんの生誕100周年を記念した初の大型展覧会「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展~お化けたちはこうして生まれた~」。
水木さん所蔵の妖怪関係資料やコレクション、妖怪画の原画が100点以上にわたって一挙公開されている様子と展覧会の見どころを「行ってみた」企画としてレポートし、“水木妖怪”の誕生の裏側にさらなる興味を抱いた編集部は、7月20日に開催された「真夏の夜の妖怪ツアー」にも行ってみました。
水木しげるの脳内に迫る!「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展」に行ってみた
妖怪ライターが案内する「真夏の夜の妖怪ツアー」
陽が落ちはじめ、妖怪に出会いやすいと言われる“逢魔(おうま)が時”を迎えると、展覧会場を飾る提灯が灯りはじめます。
そんなムード満点な会場に集まったのは、およそ40名のナイトツアー参加者たち。妖怪柄のTシャツを着ている方、鬼太郎のコスプレ姿の方もいて、これから始まるツアーへの気分も高まります。
ナイトツアーはおよそ1時間。妖怪の専門家・妖怪ライターとして活躍する村上健司さんの解説を聞きながら会場を回っていきます。
水木さんの人生を辿る「水木しげるの妖怪人生」コーナーも、妖怪にも水木さんにも詳しい村上さんの解説が加わると、また違った発見が。
幼少の水木さんに妖怪や地獄・極楽について説いた、水木さんの“妖怪の師匠”ともいえる「のんのんばあ」が民間の宗教行事に詳しかった理由についても、のんのんばあの出自を交えて詳細に解説してくれます。
戦後に紙芝居作家から貸し本漫画家となっていく水木さんの、「苦労したはずなのに、絶対に苦労したとは言わない」という人柄にも触れつつ、「妖怪漫画としてではなく、紙芝居のときに誕生した」と鬼太郎の誕生秘話も軽快に語られていきます。
村上さんの語る水木さんエピソードは尽きることがありませんが、時間もあるため続いてのコーナーへ。いよいよここからは、水木さんの創作の秘密に迫っていきます。
展示されている資料の裏に直筆メモが…?
水木さんの妖怪創作のルーツ、いかに妖怪を描いたのかを知ることのできる「古書店妖怪探訪」「水木しげるの妖怪工房」コーナーでは、村上さんならではの「水木妖怪と形」についての解説が披露され、参加者たちも興味深く耳をかたむけます。
水木さん所蔵の鳥山石燕、柳田國男、藤沢衛彦の書籍を前に、水木妖怪の中でも有名な妖怪「ぬらりひょん」の逸話も。
今では“妖怪の総大将”として有名なぬらりひょんですが、実は江戸中期に鳥山石燕が描いた絵には「妖怪の総大将」という解説は一切なかったそう。その後、時代が下って昭和時代になってから藤沢衛彦が“妖怪の親玉”としてぬらりひょんを紹介したとのこと。
実は水木さんは、時代の新しい藤沢衛彦のぬらりひょんを先に見ていたため、“妖怪の総大将”としての水木版ぬらりひょんが誕生したのだと、村上さんの解説も熱を増していきます。
さらに、展示されている貴重な資料の秘密の楽しみ方も特別に教えてくれました。
展示ケースの中でひときわ存在感を放つ分厚い、井上円了の「妖怪学」ですが、右側から背面をのぞき込むと、そこには水木さんの手書きのメモが。ぜひ展覧会場に行ったらのぞき込んでみてください。
他にも、水木さんのスクラップブックは、絵の参考にする際に使いやすいように「糊付けがされていない」など、“水木さんあるある”をこれでもかと紹介してくれました。
原画の秘密、図録には未収録の妖怪も
村上さんの詳しい解説は、原画と雑誌掲載時の絵の違いについてもおよびます。
100点以上の原画が展示されている「水木しげるの百鬼夜行」コーナーでは、「一枚絵」としての原画が並んでいます。この中には、雑誌掲載時にデザイン的に文字や文章が入っていた箇所を修正して「一枚の妖怪画」として再利用しているものがあると、実際に雑誌掲載時のページをその修正後の原画の前で見せてくれます。
他にも、「水木さんが妖怪の参考にしたのでは?」と思われる、海外で出版された「根付(※)」の写真集(村上さん所有)も紹介。そこには“水木妖怪”として見覚えのあるかたちの根付がいくつも並んでいました。「鬼」と紹介されている根付は「妖怪枕返し」に瓜二つだったりと、水木さんがあらゆるところから創作のヒントを得ていたのではと想像を膨らませられます。
(※)たばこ入れや印籠などの小物を、腰からひもで吊るした際に用いた滑り止め用の留め具
また、展示されている「山爺(やまじじい)」の解説は、「図録には未掲載なので展示でしか見られない」と、展示物のセレクトに携わった村上さんならではの見どころポイントも。
「山爺」は日本の妖怪ですが、水木さんが描く際に参考にしたのは、実はイヌイットの「魂(イヌア)」を表したお面。それを見たときに「これは使える!」と閃いたのでは、と解説を加えていました。
たくさんの原画の妖怪たちが見つめる前で、妖怪のスペシャリストの視点で水木さんの創作のヒントを紹介してくれた村上さんは、「水木しげるがいなかったら今の妖怪文化はなかった。日本にはもともと妖怪がいたということを知らしめるために妖怪を描いた、形のなかった妖怪に姿を与えた」と、改めて水木さんの功績を称えました。
あっという間に感じた1時間にわたる妖怪ツアーは、参加者からの質疑応答のコーナーで終了。参加者から「村上さんにとって妖怪とは?」という質問が飛ぶと、村上さんは「水木さんの前でそんなこと言えませんよ」と水木さんのものまねで答えて笑いを誘いつつ、「怪しくて不思議なもの」と回答してツアーを締めくくっていました。
「水木しげるの妖怪 百鬼夜行展~お化けたちはこうして生まれた~」展では、「真夏の夜の妖怪ツアー」第二弾を8月24日(水)に開催予定。詳細は公式サイトまで。
<妖怪ライター村上健司 インタビュー>
――ツアー参加者のみなさんが、真剣に耳をかたむけていた姿が印象的でした。
幅広い年齢層の方がいらしていて、やっぱり水木さんと水木さんの妖怪に興味を持たれている人は多いなと改めて思いましたね。
――村上さんは展示内容にも携わっていますが、改めて今回の展覧会の見どころを教えてください。
やっぱり「山爺」とか、全然関係のないデザインを日本の妖怪に結びつけているんだ、ということがわかる展示なのがいいですよね。あと、僕も展示には関わっているんですけれど、水木さんの机を再現したコーナーに、水木さんの原稿が置いてあってたのはちょっとびっくりしました。これは知らなかった(笑)。
並んでいる水木さん所蔵の本も、「こういう本をいっぱい持っていたんだなぁ」と感慨深く思いました。水木さんは妖怪本だけでなく、キノコの図鑑とか生物の図鑑とかも集めていたのを見ると、絵描きとしていろいろな形が好きなんでしょうね。やっぱり僕の本棚とは違いますね。
――最後に、村上さんの好きな「水木妖怪」を教えてください。
水木さんの妖怪画で「いいな」と思うのは「塗壁(ぬりかべ)」です。水木さんは実際に“ぬりかべ現象”というのかな、それに近い体験をしている。その“体験”を「こういう形だろう」と描いたのが面白いです。デザイン的にいいなと思うのは、「化け草履(ばけぞうり)」です。カラーの原画が展示されていますが、あの色使いは素晴らしいですね。
妖怪画だけではなく、その元になった「これは妖怪に使える、これは妖怪だ」と水木さんが思った“形”を原画と一緒に見られるのが今までにはない展覧会なので、ぜひ実際に見て、新たな発見をしてもらえたらと思います。
【『水⽊しげるの妖怪 百⻤夜⾏展〜お化けたちはこうして⽣まれた〜』開催概要】
会期:2022年7月8日(金)~9月4日(日)
会場:東京シティビュー (六本木ヒルズ森タワー52階)
公式サイト:https://mizuki-yokai-ex.roppongihills.com/
公式Twitter:https://twitter.com/mizuki_yokai_ex
(c)水木プロダクション