さまざまな都道府県ランキングにおいて何かとワースト1にランクインする埼玉県。
そんな埼玉県が東京都に虐げられる漫画を原作に、埼玉と東京だけでなく千葉や神奈川、群馬、茨城、栃木と関東圏一帯を巻き込み一大スペクタクルとなる“愛と革命の物語”を、二階堂ふみさん、GACKTさんの主演で実写映画化した「翔んで埼玉」。
昨年2月に公開後、徹底した埼玉県への“ディスり”が話題となり、関東だけでなく日本全国で興行収入37.6億円の大ヒットとなった2019年の話題作です。
3月6日に開催された第43回日本アカデミー賞では作品賞をはじめ優秀主演女優賞、優秀主演男優賞など12部門の優秀賞を授賞。さらに、最優秀監督賞(武内英樹監督)、最優秀脚本賞(徳永友一)、最優秀編集賞(河村信二)にも輝き、再び話題を集めています。
授賞式では、「“男子生徒”役をやらせていただいて優秀主演“女優”賞」という二階堂さんや「高校生役と聞いて、一度はオファーを断った」というGACKTさんのコメントもあったように、とにかく“ぶっ翔んだ”キャラクターや設定が目白押しのエンターテインメント作品です。
今回はそんな映画「翔んで埼玉」の世界観を支え、優秀美術賞も授賞した美術演出担当の、あべ木陽次(「あべ」は木偏に青)、齋田崇史、宮川卓也(ともにフジテレビ美術制作センター)に制作のこだわりなどを聞きました。
デザイナーが明かす映画「翔んで埼玉」美術のこだわり
あべ木 :映画化の話を受けて、まず原作を読んだのですが、これを一体どうやって映画にしたものか…と非常に悩みました。これまで手掛けてきたリアリティを追求するドラマのセットとは違い、“現実にないもの”が多かったので、イメージ画をたくさん描くところから始めました。
シーンごとにイメージを固めて、プランニングのスケッチを監督に見せて確認。通常のドラマにはない作業ですが、とにかくまず絵を描いてみないと何も進まない。そこが大変でした。
最大のテーマは「埼玉県民が虐げられる話」をどうやったら埼玉の人たちを傷つけずに面白くできるか。寂しく暗い埼玉を描いて、つらいけど頑張ろう!という応援歌にするのか、丸ごとエンターテインメントの大作にしてしまうか、どちらの方向にするのかを決める必要がありました。
「リアリティの排除」をコンセプトにいっそファンタジー、SFに
あべ木 : ビジュアルが頭の中で描けない中で、とりあえず、メインセットとなる学校のロケハンに行きました。最初は豪華な学校を見学したのですが、監督が「まだ地味。もっときらびやかな学校にしたい」と言うので、以前たまたま見つけていた、ヨーロッパのお城のような絢爛豪華な建物に行ったところ、私を含めロケスタッフ全員が「“あり”かもしれない」と思ったんです。
ここを学校にしてしまえば、見たことのないベルサイユ宮殿のような教室が出来上がるかもしれない。学校をここまで現実味がないものにするなら、ほかもすべてリアリティのないものにしよう!という方向性が見えてきました。
そこで、「リアリティの排除」をコンセプトに、いっそのことファンタジー、さらに言うとSFにしてしまおうと決めました。“チープな世界”の物語を“誰も見たことがない空想の世界”のビジュアルにしようと。それを突破口にして、いろいろなことがどんどん決まっていきました。
あべ木:教室の椅子も、実際の学校にあるようなものではなく、貴族が座るようなゴージャスな椅子にして。そうすると、どう見ても学校には見えなかったのですが、黒板とクラスの表札さえあれば学校になる!と、半ば強引に進めました(笑)。
また、豪華さを象徴するアイテムとして、バラの花を場所によって色を変えて配置しました。教室には赤いバラ、生徒会長室には白、麗の部屋には紫、学校の講堂にはピンクと白のバラ、という風に。
“埼玉県民が紛れ込んで捕まってしまう東京の遊園地”も、学校と同じように当初は実際の遊園地をロケ地に想定していましたが、コンセプトに沿って遊園地には到底見えないようなお城が建っている観光スポットを遊園地に作り上げています。
あべ木:ゴージャスな教室とは裏腹に、埼玉県出身者のクラス「Z組」の教室は、寺子屋のイメージでデザインしています。使われていない山小屋に装飾を施していったのですが、いかにみすぼらしく見せるかに精力を注ぎました。壁に貼った習字の作品にしても「自由」「平等」などに交じって「刺身」というものがあるんですが、それは“海がない埼玉の県民の憧れ”の意味が込められているという、助監督のアイデアです(笑)。
あべ木:それからもう一つ、埼玉から東京へ出る県境の「関所」のさびれ方にもこだわりました。通常の時代劇や大河ドラマに登場する関所は時代考証がきちんとされていますが、ここでは年代以上に極端にチープに見えるもの、埼玉の人が見てもあきれるくらいのものを目指して作りました。
あべ木:また、最後に出てくる「埼玉解放戦線」の地下アジトは「リアリティの排除」というコンセプトを強く表していると思います。地下アジトとなると普通は暗さを出しますが、今回は逆に思い切り明るくして“輝ける未来ある埼玉人たち”を表現しています。『スターウォーズ』のワンシーンのようなスペクタクルのイメージで、もう完全にSFの世界になりました(笑)。
いろいろ苦労はありましたが、デザイナー3人で担当を手分けできたのは本当に良かったと思っています。齋田くんが担当した「ビッグフット」や、宮川くんの「洞窟の模型」は一発勝負で撮影しなくてはならなかったので特に大変だったと思います。
齋田 :「ビッグフット」というのは、“群馬に出没するイエティのような怪物”なのですが、池から顔をのぞかせてまた沈む、というシーンで苦労しました。FRP(繊維強化プラスチック)という素材で作った約1メートル立方の怪物の頭、これがなかなか池に沈まない。
目、鼻、口の穴は開いているのに、中に水が入らなくて浮いてしまったんです。さらに切り込みを入れたり穴を増やして沈む工夫を施しました。本体をもっと重くすれば沈みやすくなるんですが、そうすると今度は浮き上がらせるときに困ってしまう。1回で撮影するシーンだったので失敗はできないと、製作工場に水槽を組んで何度もテストをしました。
齋田:陸地に大きな足跡を作った時には、足形のベニヤ板を紐で囲って内側の土を掘ったのですが、運悪く掘る前日に雨が降り、隣の池の水が土に浸水してしまったんです。ぐちゃぐちゃになったところをスタッフ10人がかりで20センチくらいの深さまで必死に掘り続けました。水槽のテストも穴掘りも、今までやったことのない仕事でした(笑)。
宮川:「洞窟の模型」は、“海を求めて洞窟を掘り続ける埼玉県民が霞ケ浦の淡水に流される”という構図の、洞窟の断面模型です。模型に水を流した時に、5体の人形のうち1体だけひっかかって残る、という画(え)を撮りたいのに、すべて流れてしまったり、うまい具合にいかなくて大変でした。また、水道水を流し込むと泡立ってしまって人形が見えなくなるので、水にローションを加えて粘度を増して泡立たなくする工夫もしました。
宮川:都知事室の棚に、横浜名物崎陽軒のシウマイに付いてくる醤油入れ「ひょうちゃん」を並べたのですが、高さ60センチくらいの特大ひょうちゃんは発泡スチロールで作りました。その周りを実物ひょうちゃんでびっしり埋め尽くすのですが、約600個をスタッフ総出で飾りつけして。根気のいる作業でした。
宮川:また、都知事の自宅のリビングに置いた赤富士の屏風もこだわりました。専門の絵師スタッフに描いてもらいましたが、“国宝級の屏風”という設定なので、わかりやすい美しさの絵とは違う趣が必要だったんですね。苦労して描いてもらった絵を、申し訳ないと思いながら何度も描き直してもらいました。
宮川:終盤では、埼玉と千葉の戦いが繰り広げられますが、農業の埼玉に対して水産業の千葉というコンセプトで、それぞれの県の特徴を際立たせるものをたくさん盛り込みました。埼玉軍はトラクター、軽トラックに野菜や農具、千葉軍は魚市場で使われるターレーに乗って大漁旗を掲げています。
あべ木:そして両軍が都庁に集結した時には、トラクターやターレーがバイクやトラックに替わっています。場所が本物の都庁で、それまでのファンタジー路線からリアル風へ切り替える必要があったので、徐々に現実に寄せていったというわけです。警察官の制服も、あえて現代のものとは異なる色ですが、一見リアルっぽく見えるものにしています。
当初は“ディスり”のビジュアル化に悩みましたが、最終的にエンターテインメントに振り切った選択は間違いではなかったと思っています。観た人たちが誰も傷つかずに笑ってくれたのなら、うれしい限りです。
<プロフィール>
あべ木陽次:1991年入社。「ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~」「貴族探偵」、映画「マスカレード・ホテル」「コンフィデンスマンJPロマンス編」「記憶にございません!」ほか
齋田崇史:2005年入社。「モトカレマニア」「民衆の敵~世の中、おかしくないですか⁉~」「とくダネ!」「Mr.サンデー」ほか
宮川卓也:2005年入社。「監察医 朝顔」「隣の家族は青く見える」「世界法廷ミステリー」「問題のあるレストラン」ほか