福島第一原発から南に10キロ。福島県富岡町の中心部は、そんな場所に位置しています。
富岡町では、震災から11年たった今でも町の面積の1割は帰還困難区域に指定されていて原則立ち入りができません。
ただ、2022年1月には帰還困難区域の一部が「特定復興再生拠点」に指定され、立ち入り規制が緩和されました。
筆者は、富岡町が警戒区域として立ち入りが厳しく制限されていた頃から特別な許可を得て毎年のように現地を訪れています。特定復興再生拠点とされた場所を歩いてみると、道路沿いに無数に見られたフェンスなどはかなり減った印象を受けました。
しかし、2011年3月から時間が止まったままのような場所がまだ大半でした。
それでも、2017年4月に町内の一部で避難指示が解除されてから、街にはショッピングモールやホテルができるなど、わずかながらも活気を取り戻そうとしています。
東日本大震災が起きた際、富岡町に住んでいたのは15,960人。
住民も少しずつ戻り始め、2022年3月1日現在、富岡町に住んでいる人数は1,846人になりました。
エンタメメディア「フジテレビュー!!」が被災地のためにできることは、現地の声を届けること。そこで、エンタメメディアらしく、被災地でたまたま出会った皆さんに聞きました。
「いま楽しいことは何ですか?」
「仕事ができることが楽しい」
【ラーメン店「まんまや ぼっけもん」鈴木秀希さん(46)】
楽しいことですか?仕事ができることですかね。仕事ができなかったので、震災当時は。
元々、震災前に地元で営業していたんですけど、原発が爆発して会津に9か月避難して、そのあとにいわき市でお店を再開して、こっちが解除になるのに合わせて帰ってきたという感じです。
復興のために頑張ってみる皆さんのために、食事を届けたいと。当時何もなかったのでね。
まずは地元に帰ってきたい人のために、僕らみたいな業者が来ないと町民も帰ってこないと思って、まずはそこでやろうかと思いました。
懐かしく思ってくれて、食べておいしいと言ってもらえてうれしいですね。
最近は除染関係の仕事がなくなって、やっぱり復興需要がなくなってきましたね。新型コロナの影響で、売り上げも半分以下ですから。試行錯誤しながらやっています。
富岡町の人口が増えないと、商売もそうですが、不便な部分がたくさんあるので、もっと商工関係の方が戻ってきていただければ町民も増えるんじゃないかなと。
町にもうちょっと頑張ってもらいたいですね。
【とみおかワインドメーヌ 細川順一郎さん】
楽しいこと。この景色です。毎日見られるので。
海が近くにあって、大好きなワイン用のブドウ畑があって、やっていることも100%自分が生かせるワインに特化した仕事ができるので、すごく幸せです。
富岡町ってまだ復興が進んでいない町だと認識していますが、駅の目の前にワイン用のブドウ畑を作って、ゆくゆくはワイナリーを作って、富岡町の顔をつくっていこうと。住民たちで街を新たに作り直そうとしています。
富岡町は2017年まで帰還困難区域だったんですけど、帰還困難区域が明ける2016年から町民有志10人が避難先から出向いてぶどう畑を始めたのが最初です。
ここだけでMAXで2,000本くらいはワインがとれます。まだ畑しかなくて醸造所を作る計画を立てているんですけれども、いまは畑を増やしています。
私はもともと甲州市のワイナリーに勤めておりまして、そちらでワインを作る仕事をしていました。
ここに来た時、こんなに海が近いというのと、2F(福島第二原発)が見えて、複雑な心境になりました。その時にここで何かしら力添えをしたいなと。
この畑の管理を私がやっていて、ワイナリーを立ち上げの準備をしています。
僕たちだけで何かを成し遂げるのは無理なので、富岡の人たちのためにアクションを起こすのが大事です。住民からは好意的に思ってくれている人が多いので、具体的に表現できるといいなと思います。
こんなに海に近いのは日本では例がなくて、ワインに対して複雑な風味などをもたらすかなと期待をしています。
【ショッピングモールですれ違った家族連れの男性】
楽しいこと…。毎日普通に楽しいですよ。
いまは会社員です。震災の時も会社員でした。違う会社ですけど。震災の時は隣町の楢葉に住んでいました。いまも楢葉です。震災があって関東に行っていましたけど、何年間か住んでこっちに戻ってきました。
復興は頑張っているんじゃないかなと思いますよ。
一番の楽しいこと?なかなか難しい質問だね。やっぱり子どもの成長を見る時じゃないですかね。
震災の時は中1。いま楽しことは…
福島第一原発から北に40キロほど離れた福島県相馬市でも、聞いてみました。
【地元野菜を販売する栗津直売所】
お店は震災前からあります。ただ、だいぶ違いますね。物が売れないし。
楽しいことねぇ…。やっぱりみんなが遊びに来てくれることだね。みんな来て、お茶のみして遊んでいくから。物を買う、買わないは別にしてね。
震災前の友達もいるし、震災後、そっちこっちから人が来たでしょ。東京から来た人もいるし。そういう人たちと友達になったのもあるしね。そういうつながりがあるのが一番いい。売れる、売れないより。そうだね。それが一番。
地元の人でも、震災後は地元の野菜が売れなかったからね、いまはだいぶ解消したけどね。
でも、いまは「地元の野菜がいい」なんて言う人もあまりいないからね。震災前だと、地元の野菜がよかったけど、そんなにこだわらないんじゃない?
震災前はもっともっと来る人いたのね。震災後はやっぱり売り上げもないし、年も年だし、いつでもやめられるように、あんまり広げないようにしているの。
【食堂「浜の台所くぁせっと」店長】
震災後に私はこちらに移住しました。
この地域を発信できることとか、私以外は浜出身で震災を経験している方たちなので、そういう人ともいま楽しく働けることが嬉しいことかなと思います。
お店は、2020年10月にオープンしたので、一年半くらいです。
お客さん、ありがたいことに色々なところから来ていただいて。いまコロナの第6波の影響でちょっと少なくはなっていますが、それは仕方のないことなので。想像以上に来ていただいています。
地元の方は2割くらいで、あとは市外、県外から来ていただいています。
相馬は観光にも力を入れられるようになってきたので、だいぶ復興も進んできたかなと思います。地域によっては違いますけど。
お魚好きな方には、相馬の魚を食べていただいたら病みつきになるおいしさだと思うので、相馬の魚のおいしさと景観の良さを見に来ていただけたら嬉しいです。
【林業で働く男性(24)】
震災の時は、中1です。
いま盛り土して松の木を植えているんですけど、昔、松の木があった場所なので、戻ってきているんだな、復興は進んでいるんだなって思います。
東京に一回出て、コロナとかあって戻ってきて、たまたま入ったのが林業でした。復興に携わっている実感は、今はあります。
楽しいことは、俺はスノボが好きなんで、毎週末スノボに行っているんで。あとはオヤジと毎日酒を飲んでいるのが楽しいです。












