角川春樹が生涯最後の監督作品として話題の映画「みをつくし料理帖」が、10月16日(金)に全国一斉公開される。
原作は、髙田郁の同名時代小説。大坂を襲った大洪水で離ればなれになった幼馴染みの澪と野江が、10年後の江戸の町で強い絆で引き寄せられていく姿を描いた作品だ。
本作で、大店の娘に生まれながらも、やがて“幻の花魁”あさひ太夫となる野江を艶やかに演じている、奈緒にインタビュー。
実は「憧れだった」という花魁役のオファーを聞いた時の率直な思いや映画の見どころをはじめ、今や数々の話題作に出演する人気俳優となった自身の“演技観”、今年残り2ヵ月でやり遂げたいことを聞いた。
<奈緒 インタビュー>
──奈緒さんは、花魁役に憧れがあったそうですね。
小学生の頃に花魁が登場するコミックを読んで、初めて大人の恋愛と官能的な部分に触れたような気持ちになると同時に、惚れぼれするようなかっこよさを感じました。
それは、自分にないものだからこその憧れ。自分にはこういう役は来ないだろうと思っていたので、お話をいただいたときは信じられない気持ちでしたね。喜びとともに、憧れだった存在にどう近づいていけばいいのだろうというプレッシャーが一気に押し寄せてきたことを覚えています。
──実際に演じてみて、大変だったことはありますか?
普段から着物を着ることが好きなので、ひと通りの所作は学んだことがありました。でも、花魁の所作は、普通に着物を着る時とはまた全然違うので難しかったです。
──ご自分の花魁姿はいかがでしたか。
現場で花魁のお化粧していただいたとき、一つ仮面をかぶっているような気持ちになっていたんですよね。完成した映画を見たときも、一つ仮面をかぶっている自分を見ている感覚があって。すごく不思議な気持ちになりました。
──野江とあさひ太夫では、別人というか…。
自分自身も観ていてギャップを感じましたね。
お祭りの行列に狐のお面をつけて参加し、それを澪(松本穂香)が見ていることに気づいて狐のお面を取るシーンがあるのですが、そのシーンでは「花魁のお化粧を取りたい」と監督にお話させていただきました。澪に顔を見せるのであれば、“仮面を付けた自分”ではなく、“野江ちゃん”で会いたい、と。
──狐のお面をつけ直し、お祭りの行列に戻って進んでいく姿が、お面で顔が見えないのに、泣くまいとしながらも泣いているように感じられました。
あのシーンは、自分の中ではそういうふうに演じるつもりがなかったんです。でも、仮面でもう顔が見えないと思ったら、涙が止まらなくなってしまって。自分としては、もっと強さを持ってお祭りの列に戻りたかったんですけど…。映像で観たときに、「ああ、泣いてるようになってしまった」と思っていました。
──でも、“泣くまいとしながら泣いている”様子に心が震えました。
ありがとうございます。そう言っていただけるとうれしいです。
──これまで数多くのヒット作の製作を手掛けるなど、角川監督は伝説的な存在ですが、ご一緒されていかがでしたか。
私の中では、“幻のプロデューサー”、“幻の監督”という存在だったんです。初めてお会いする日も、「本当に私は、今から角川春樹さんに会うんだろうか」と不思議に思っていたくらいで。
実態として初めて目の前に現れた角川監督はまったく威圧感なく、丁寧に言葉をかけてくださる、すごく大きな愛を持った方でした。
今回の作品に“狐さん”が出てくるので、私は、願掛けとして、東宝スタジオではずっときつねうどんを食べていたんです。監督と一緒にお昼を食べたときに、「奈緒もきつねうどんなのか。俺も毎日きつねうどん食べてるんだよ」っておっしゃっていて、一緒にきつねうどんと、おいなりさんを食べました。
現場でも、狐のお守りをずっとモニターの前に置いていらっしゃったり、「だんだん奈緒の顔が狐そっくりになってきた」とすごく喜んでくださったり。角川監督がそうやって喜んでくださると、私もうれしくて。同じ時、同じ目標を共有させていただいていることを実感する現場でしたね。
──劇中では、澪が作る料理が、野江との運命の糸を手繰り寄せることにもなります。登場する料理がどれも美味しそうですね。
お芝居の中でいただいたお料理は、全部美味しかったです。なかでも印象に残っているのが、ところてん。私、出身が九州なので酢醤油でいただくんですけど、この作品に出てくるのは頬が綻(ほころ)んでしまうような甘いところてんでした。
食べたときに、「ああ、これは2人にとってものすごく心躍るようなおやつだったに違いない」と感じて。2人が料理で繋がっていることをすごく感じたシーンでもありますね。
──澪役の松本さんとは、本作での共演後も仲良しなのだとか。最近のお2人のエピソードを教えていただけますか。
最近、ちょっと悔しいなと思っていることがあって…(笑)。寝る前やLINEをしているときに、「あと3回ぐらいやりとりをしたら、“好きだよ”って送ろう」と思っていると、その2ターン前ぐらいで松本さんが先に「好きだよ」と言ってきてくれるんですよ。そのときに「また先に言われてしまった」と悔しい思いをすることが多くて。
松本さんって、そういうこと言わなさそうなのに、結構言ってくれるんです。映画を撮ってるときもそうでしたし、そういう意外性にキュンとしながら、「次は私のほうから“好きだよ”って言いたい」と思っています(笑)。
──本作もそうですが、奈緒さんは話題作への出演が多く、まさに今、注目女優と呼ばれる存在。もともとモデル活動をされていた奈緒さんが、演技に惹かれた理由はなんだったのでしょうか?
お芝居をしたときに知らない自分を知ることができた経験は、すごく大きかったなと思います。
役を通して、自分が普段出会わないような人や時代に触れられますし、いろんな人のことを知れると同時に自分のことも知れる。私、すごく人が好きなので、お仕事の中でたくさん心を動かしていただけることが、ものすごくやりがいになっています。
──演じるときに、大切にしている言葉や姿勢はありますか?
「自分に嘘はつかない」ということですね。基本としていつまでも守っていきたいことです。それは、私が1年間お世話になったポーラスター東京アカデミーというお芝居の学校で最初に学んだことでもあります。
大人になっても、全力でジャンケンをして負けるとすごく悔しかったり、勝ったらうれしかったり。気持ちって、実は自分が思っている以上に日常で動いていて、感情がない人なんていないんだと、そのときにすごく学びました。
今も、カメラの前でそんなふうに気持ちが素直に動く瞬間を大切にして、相手とのキャッチボールを素直に楽しめるように心がけています。
──今回、野江、あさひ太夫を演じるときにはどういうことを意識されましたか。
誰と一緒にいるのかということを考えて、一つ一つ大切に演じさせていただきました。
あさひ太夫が誘い翁屋の料理番を務めている又次(中村獅童)といるときは、どうなんだろう。又次から澪の話が出たときの野江はどんな気持ちなんだろう。澪と一緒にいるときはどうなんだろうということに、一つ一つ素直に反応する。
バックボーンを自分の中でしっかりと埋めていかないといけないなと思っていたので、過去にどういうことがあって、そのときどきにどういう気持ちだったのかを事前にすごく考えて。あとは、現場で自分の中で動く気持ちをそのまま大切にお芝居させていただきました。
──澪と野江の絆に心が震えるシーンがたくさんありますね。
人を殺めそうになった又次を澪が止めるシーンが、私はすごく好きですね。その場に野江は一緒にいませんが、澪が野江を想い、友達の大切な人を守ろうとする姿に、野江と又次、野江と澪の強い絆をすごく感じました。
──今回、憧れの花魁役も経験しましたが、これから演じてみたい役はありますか?
もう四捨五入したら30歳。30代が目前なので、20代ならではの悩みを抱えている人だったり、将来にちょっと不安を抱えていたり、コンプレックスを抱えている役を、ぜひやってみたいです。
自分もその悩みや不安を一緒に考えたいですし、作品を通して成長できるんじゃないかなと思うので、そういう役と巡り合えたらうれしいなと思いますね。
──今年もあと2ヵ月です。「今年中に、これだけはやっておきたい」と思っていることを教えてください。
上京したてのときに描いたイラストを、今、ちょっと描き直しているんです。今の自分だったらどういう色をつけるのかなと思いながら、何回も色をつけては、「何か違うな」と思って消して、色をつける…を繰り返していて。
まずは、「今の自分ができる精一杯のことを、何か一つ完成させる」ということが目標なので、今描き直しているイラストは今年中に絶対完成させたいと思っています。
──最後に、読者へメッセージをお願いいたします。
映画「みをつくし料理帖」は、1人の女性の成長と、あまり描かれることのない女性同士の強い友情が、とてもまっすぐに描かれた作品となっています。ぜひ、幅広い年代の方に見ていただきたいなと思いますので、よろしくお願いします。
撮影:河井彩美 取材・文:杉谷伸子
映画「みをつくし料理帖」の最新情報は、公式サイトまで。
松本穂香、奈緒、若村麻由美/石坂浩二(特別出演)/中村獅童