7月17日(土)25時50分~フジテレビでは、スポーツドキュメンタリー『グラジオラスの轍「白井健三・最後の演技」』(関東ローカル)が放送される。6月16日に24歳の若さで引退を表明した体操・白井健三さんへの3000日にわたる密着で、決意するまでの葛藤を描く。

およそ9年、白井健三さんとその仲間たちを追い、ドキュメンタリーを制作し定期的に放送してきたのが、フジテレビスポーツ局の髙木健太郎ディレクターだ。17歳のあどけない姿から、24歳の引退試合まで…髙木ディレクター(以下、髙木D)が密着取材した映像は、3TB(テラバイト)のハードディスク42台分にも及ぶという。

『グラジオラスの轍』は、その膨大な映像の中から制作された、白井さんを描く最後の1本となる。フジテレビュー!!は髙木Dにインタビュー、彼にだけ見せた“人間・白井健三”の魅力、そしてカメラに見せた決断までの苦悩を語ってもらった。

引退会見を取材した後、駅で嗚咽「こみ上げるものがあった」

白井さんといえば、“ひねり王子”と称され、「シライ」の名を冠した技が6種類もある、誰もが認めるエリート選手だった。引退会見では、「すっきりしている。選手としての未練は一つもない」と清々しいまでに語ったが、東京五輪での活躍が期待されていただけに、世間を驚かせた突然の幕引きだった。

髙木Dは、決して目立とうとせず常に仲間思いだった白井さんに人間的な魅力を感じ、取材をスタートさせた。そんな素顔を自然に撮影するため、あえて小さいハンディカメラを使い“空気のように”存在することを心がけていたそうだ。白井さんも髙木Dを信頼し、「健三くん」「髙木さん」と呼び合う仲に。

「今年4月の『全日本個人総合選手権』が終わったあとに、健三くんから『会いたい』と連絡が来ました。もしかしたら、と嫌な予感がしました。そのあと、お台場の社屋まで来てくれて『6月の種目別選手権を最後の演技にしようと思っています』と伝えられて」

引退会見を取材した髙木Dは、心の準備はしていたものの体は正直に反応してしまう。「(白井さんの母校)日体大での引退会見を終え、バスに乗って青葉台駅で降りて駅に着いたら急にこみあげてくるものがあって、思わず嗚咽してしまいました。『終わったんだな』という思いがこみ上げてきました」

リオ五輪でメダル獲得 その後カメラに“予言”していた自身の体操寿命

白井さんは、16歳で日本代表の座を射止め、日本体操史上初めて高校生(17歳)で世界選手権に出場し、ゆかで金メダルを獲得。その後も毎年日本代表に名を連ね、世界選手権で獲ったメダルは、金メダル5個、銀メダル3個、銅メダル3個を誇る。

2016年には、リオ五輪に出場。団体金メダルに貢献し、個人では種目別跳馬で銅メダルを獲得している。

その後「僕の体操の寿命はそんなに長くない」と、髙木Dのカメラに予言めいた発言をしていた。「『2020年(東京五輪)で引退する可能性が普通にあります』みたいな話もしていました。自身の名を冠した技が6つもあるように、難易度の高い技を繰り出すのが健三くんのスタイルで、そうなると、体に相当な負担がかかるのは必然です。また6年間もの長い間“日本代表”でいること自体、疲弊してしまいます。引退が早くなるのは致し方ないだろうとは感じていました」

どん底の2019年振り返り…髙木Dに本音を吐露

「2019年は、どん底でした。左足首のケガの影響で、ガタガタと崩れるように成績が落ちていって、6年続いていた日本代表の座も失ってしまった。(当初2020年開催だった)オリンピック戦線も相当厳しいだろうな、という感じになっていました。当時のことを健三くんは『できない自分を受け入れていなかった』と振り返っていますが、本当に珍しいくらいピリピリしていてカメラを嫌がりましたね。僕も、緊張しましたし、怖いとすら思いました」

今回放送される映像には、2019年末、年が明ければオリンピックの代表選考が始まる、という状況でいら立ちを抑えきれない白井さんの表情も捉えている。

「それでも2019年は、一緒に食事に行くと『悪いことばかりじゃないですから』とか、結構前向きなことを言っていたんですよ。でも、2020年になってから、そういった(2019年の)発言は“できない自分を受け入れられていなかったからだった”、と明かしてくれました。今振り返ると、自分の中にあるさまざまな感情を整理していたのかな、とも思います」

「髙木さんはお父さんみたいな存在」

「いつだったか、健三くんや日体大体操競技部のみんなから『髙木さんは、お父さんみたいな存在ですから』と言われたことがあって、『お父さん!?お兄さんのほうがいいんだけど…』と思ったこともありましたけど(笑)、そのくらいの距離感にはなれたのかもしれません」

白井さんの密着取材だけでなく、その友人たちとも一緒に食事に出かけたり、就職活動のアドバイスまでしたり…と関係を作ってきた髙木D。だからこそ、白井さんは、引退を公表する前に、わざわざ高校時代からの親友の内田龍真さんらとお台場まで来て、髙木Dに報告したかったのだろう。自分が出場する「(21年6月6日の)種目別選手権を“最後の演技”と思って観てほしい」と伝え、そして、髙木Dはその思いを受け取った。

「『髙木さんには、ちゃんと見てもらいたくて、今日伝えにきました』とまで健三くんに言ってもらったんですから。それは、特別なことです。白井健三の最後の演技は、ノーカットで収録していますので、ぜひ見ていただきたいです」

今回のVTRは「健三くんに対するラブレター」

突出した選手だった白井の最大の魅力を、熟考したうえで「友だち思いのところ」と答えた髙木D。では、自身にとっては、どのような存在なのだろうか。

「恋愛対象ですね(笑)。恋をしないと取材はできないです。誰を取材するときでもそうですが、男性だろうが女性だろうが、有名選手だろうが無名選手だろうが、自分が恋をして、彼らの素晴らしさを視聴者に届けるのが僕の仕事だと思っています」

髙木Dにとってもこれほど長期間にわたり密着したのは、白井さんだけだという。そういう意味では「最愛の人」といえるのかもしれない。

改めて、“白井健三選手”最後となる今回の作品に対する思いを尋ねると…。

「テレビマンとして、たくさんの方に見ていただきたいという思いと、どれだけ自分が白井健三選手に食い込んで、彼から心情の吐露を受けたかを見せつけたい、という欲もあります。でも、今回の作品に関しては、それ以上に、僕の健三くんに対するラブレターだと思っています」

どんなアスリートもピークが永遠に続くわけはなく、それにあらがって苦悩して…そして受け入れていく。「引退の日を迎えるまでの健三くんの映像には、つらい部分も多いかもしれません。でも、これまでの9年間の感謝を込めて、情熱を込めて作りました。健三くんがどう見てくれるのか、ちょっと心配ではありますけど(笑)」

詳細は、番組公式サイトまで