さまざまな世界で活躍するダンディなおじさまに、自身の半生を語ってもらう「オヤジンセイ~ちょっと真面目に語らせてもらうぜ~」。

年齢を重ね、酸いも甘いも経験したオトナだからこそ出せる味がある――そんな人生の機微に触れるひと時をお届けする。

今回は、プロレスラーの蝶野正洋が登場。<前編>ではサッカー部で活躍した中学時代から、警察のお世話にもなったヤンチャ時代、そして、新日本プロレス入門~黒のカリスマとなるまでを振り返ってもらった。

<後編>では“大みそかのビンタのオジサン”として人気のあの番組や、蝶野が今、心血を注いでいる消防応援団としての活動、そして、コロナ禍での日々の過ごし方や今後について熱い思いを明かしてくれた。

エンターテインメントだけでなく、格闘技路線もやるのがプロレスの面白さ

今のプロレス界は形が変わりましたよね。俺が新日本プロレスにいたころは、エンターテインメント路線もあれば、猪木さんスタイルの格闘技路線もあった。

アメリカやメキシコはエンターテインメント寄りで、新日本プロレスはそこを追随したんです。ただ、プロレスというのはそっちだけではなく、正統派の格闘技路線もやるのが、ならではの面白さなんじゃないかと、俺は思います。

今の選手たちはアスリートとしての能力や身体能力がものすごく高い。昔のレスラーの場合、身体能力は別で、町でケンカの強いヤツ、変な力自慢のヤツに味付けをして、その気にさせてリングに上げていたわけです。

現在はチャレンジ系のことができなくなっていて、ある程度、レスリングというものを勉強させたうえで、“魅せる”ことに重点をおいています。今の選手たちは、我々の時代から考えたらあり得ないようなアクロバット的な危険な技をやっていて、一歩間違えたら大きなケガにつながってしまう。

昔だったら、体のデカいヤツを、まず弱いヤツと戦わせて「お前、強いな」と持ち上げるだけ持ち上げてその気にさせ、次の試合でグチャグチャにされるみたいなことが多々ありました。それが今ではなくなっているので、そこは残してもいいんじゃないかなと思います。

「ビンタといえば猪木さん」一度は断った蝶野vs方正

毎年、大みそかに日本テレビで放送されている『笑ってはいけない』シリーズに初めて出演したのは、2007年の『笑ってはいけない病院』でした。オファーをいただいたとき、やっぱりビンタは猪木さんのモノというイメージだったので、お断りしたんです。でも、「どうしても…」となり、じゃあ、当日、ビンタを別のモノに変えましょうと。

俺は現場に前乗りして、翌朝6時に千葉真一さんと一緒に移動。ビンタを何に変えるか現場で話そうとなっていたのに、到着したらプロデューサーやディレクターがバタバタしていて、とても話なんてできる状態ではないんですよ。当時、(月亭)方正くんのことはよく知らなくて、言われていたのは「とにかくビンタしろ」ということだけ。

結局、そのままビンタでいくことになり、スタンバイしていたら、俺の前が江頭2:50くんの出番だったのかな。ダウンタウンをはじめとする皆さんが「笑ってはいけない」というルールでやっていると聞いていたから、笑い声がほとんど聞こえてこなくて「これはスベってるな」と感じました。

前のヤツよりは笑わせたいという思いがあるけど、どこで笑いをとればいいのか、俺にはよくわからない。とにかく、早くビンタをしなきゃということしか頭になくて、「方正、上がってこい!」って。

そんな感じからスタートして、これで終わりだろうと思っていたら、翌年も話がきて。「俺はもうやらねぇ」と言いながら、13年経ってしまいました(笑)。

東日本大震災で254名の団員が命を失ったと知り、消防団の存在に興味をもった

2014年に一般社団法人NWH(ニューワールドアワーズスポーツ救命協会)を設立し、現在は公益財団法人・日本消防協会の消防応援団として消防団の支援活動を行っています。

消防団について詳しく知ることになったきっかけは、2011年の東日本大震災でした。地元の先輩が消防団に入っているという話は聞いていたけれど、よく知らなかったんですよ。なんとなく、町のお祭りなどに借りだされている人たちなのかなって。

でも、地方に行けばいくほど、消防隊員がいないとか、消防車がないような地域では消防団が消防士とほぼ変わらない役割を担っているということで、これはちょっと…と、調べるようになりました。

生前の菅原文太さんも消防応援団を務められていたと聞き、「蝶野さんもやってもらえませんか?」と声をかけられて、快諾したのが僕の消防応援団活動の始まりでした。

消防団の存在を認知してもらうため、自分のイベントがあるときに地元の消防団を呼んで15~20分の時間をもうけてトークしたり、自分はAED啓発の手伝いもしているので、その講習を一緒にやったり。

今はコロナ禍でイベントがまったくできないので、何かできないかと模索し、地方の消防団の方とインスタライブ配信で情報交換をしています。どこまでできるか未知でしたが、やってみたら面白くてね。

1回目は東京・葛西消防団、第3分団。若いころから地元で遊んでいた人たちが社会人となって、地元のために活動しているという一般的なスタイル。2回目は宮崎の三股町というベッドタウンで、河が氾濫した時や、火山が噴火した時など九州ならではの防災に備えている皆さん。彼らは秋口に焼畑農業を手伝っていて、「火を消す人たちが、火を点けることもやるんですか」と驚いたことを覚えています(笑)。

3回目は東京・東村山市消防団・第6分団のかたわら、ラッパーとしても活動している晋平太さんと対話しました。ラッパーって申し訳ないけど悪いイメージしかなくて(苦笑)、でも、晋平太さんは街の人のためにいろんなことを共有し、率先して啓発活動を行っている方。老人ホームを慰問してはラップを披露していて、イメージとまったく違うことをやっているんです。

俺のまわりにもおじいさんレスラーはたくさんいるから、「そのうちレスラーにもラップをやらせてください」とお願いしました。年をとっちゃって体は動かなくなっているけど、みんな口だけは達者ですから(笑)。

消防団って基本的には本業をもった方たちがプライベートの時間をさいて、消防団の活動にあてているのですが、なかなかできることではないと思います。消防団のコミュニティは日本最大の組織で約84万人、消防隊員が約19万人いるので、合わせると100万人という実に巨大なチーム。

そんな方たちに対して俺に何ができるのかといったら、まずは感謝することだと思うんです。プライベートな時間に活動を行うので、例えば子どもの部活の試合や家族の行事にお父さんが参加できないことが、ストレスにもなっていると。

そこを理解して、どこかで会ったら「ご苦労さまです」という気持ちをもたなければいけない。彼らの存在を広く知ってもらうためにも、消防応援団としての活動は引き続き、行っていくつもりです。

猪木さんや天龍さんたちには負けたくないという意地がある

人生100年時代ですか。俺、100年は無理だと思うな。試合でもなんでも、100%の力を出しきるってできなくて、最大で80%ぐらい。普段は50%も出していないと思う。だから、人生も頑張って80歳ぐらいだと思うんですよね。

40代後半~50代前半にかけては焦りがあったんです。体力は落ちるし、病気の後遺症も出て、毎年変化が止まらない。特に今なんて坐骨神経痛が一番ひどい状態で、どこへ行っても治らない。3ヵ月に1回は病院、整体、鍼など、1週間で3ヵ所ぐらい行くんです。先が見えずに、また違う医者や治療法を探してね。常に痛みとの闘いです。

猪木さんや天龍源一郎さんもそうですけど、手術をうけた先輩たちが思うように動けなくなってしまっている。この先輩には負けねぇぞっていう意地があるし、腰が痛くて起きられなくても、動けなくても、気持ちはまだそこまで落ち込んでいない。

自宅で「ガッデム!クソ、イテー!」って声をあげるぐらい、どうしようもなく痛いんだけど、僕の痛みが少しでもとれて、まわりの人たちに治し方が伝えられるような一種の希望のなりたいです。

こんな言い方しちゃアレだけど、コロナでイベントなどが制限されていることが、俺にとってはすごくありがたいタイミングでした。収束する前にきちんと腰を治して、何事もなかったかのように大みそかはビンタしたい(笑)。

去年は踏ん張ることができなくて、ビンタがこめかみに入っちゃったの。方正くん、痛かったと思うよ。もし、腰が治ってなかったら、次回のビンタはアゴに入るかもしれないね(笑)。

同世代のオヤジたちへメッセージですか。年齢も年齢だし、弱ってるヤツは弱ってるよね。ただ、元気そうにやっているヤツらでも、何の病気もなく60歳近くまできているヤツはそうそういないと思うんです。

俺たちの世代は、どちらかといったら弱いところは見せたくない。俺の治療過程を見せてもいいけど、これで治らなかったら希望にはならないので、ある程度の見込みがついたら、お見せしようと思っています。

弱みを見せたくはないけれど、少しだけ気を緩めてもいいんじゃないかな。60歳近くなってくると、皆同じような傷をもっているし、もしかしたら体じゃなくて、心の傷もあるかもしれない。

今の医療、そう簡単には死ねませんから、ひとりで悩むよりもジジィはジジィで交流をもち、「がんばりましょう」と言いたいです。あまり気張らずに、あ、後輩には少し気張ったほうがいいかな。共に生きていきましょう。

蝶野正洋公式サイト

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6月19日(土)20時~YouTube蝶野チャンネルにて「蝶野ネットワーク119~20分1本勝負~」を配信。ゲストは船橋市消防団、第13分団3班の皆さん。同分団には、蝶野の後輩レスラーで、新日本プロレス、WWEと活躍した鈴木健三氏も所属しており、今回のライブ配信に参戦する。

撮影:河井彩美