ミュージカル『刀剣乱舞』や、舞台「『ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-』Rule the Stage」など、2.5次元作品で活躍する荒木宏文が昨年、俳優デビュー15周年を迎えたことを機に、アニバーサリーイベントを開催中。
<お仕事編>ではオールセルフプロデュースで制作されたフォトブックへのこだわりや、俳優という仕事への思いをインタビューした。
<プライベート編>では荒木の素顔に肉迫!ストイックすぎる私生活や、家族愛をたっぷりと語ってもらった。
アニバーサリーイベントの最後は“音楽”で楽しさを共有したい
――「15th anniversary project『History』FINAL EPISODE」が6月20日に開催されますね。
デビュー15周年を記念するイベントの最後は、音楽というエンターテインメントで締めくくりたいと思います。“音楽”ということで、どんな内容になるのか皆さんが予想していることもあると思うんですけど、想像どおりのことをやりながら、音楽活動をしている役者としての意味も消えないように構成したいと考えています。
音楽活動をするようになって10年ぐらい経ちますが、仕事というより趣味に近い感覚で、もっとうまくなりたいという欲はなく、僕自身が楽しいからやっているというのが正直なところ。
だからこそ、大きな会場で僕の歌を聴いてほしいというよりも、応援していただいている皆さんにも楽しさを共有してもらえることをゴールに据えたいなと。ライブより、もうちょっと親しみのある、その空間を共有している感覚を色濃く味わってもらえる内容を考えているところです。
僕の音楽活動の部分を応援してくださってる方にしてみたら、3、4年ぶりの音楽業での露出になるので、そんな方たちにも「待ってました!」という衝撃的なものも同時に用意しています。
ただ、そんなに華やかな感じではないと思っていただいたほうがいいのかも。普段、役者として舞台に立つ時ははメイクをしてもらい、衣装を用意してもらって、作り込んだ状態で人前に立つことが多い分、荒木宏文として立つ間は飾らずにいたいという思いが僕の中にあるので、派手さはないかもしれませんが、賑やかなものにしたいです。
――お仕事への思いをうかがっていると、常に張り詰めた様子が垣間見えるんですが、リラックスできる時間というのはあるんでしょうか?
オリエンタルラジオの中田敦彦さんが大学受験時の思い出としてお話しされていたことなんですが、勉強ばかりしていると行き詰まっちゃうから、皆、息抜きの時間を作ろうとするじゃないですか。それを中田さんは「必要ない。行き詰まってしまったのなら科目を変えろ。そうすることで休憩をはさまなくても、気分転換になる」と言っていたんです。
それと同じで、役者業、音楽業…とやっているエンターテインメントの形が変わるから、僕にとって息抜きというものは必要ないんですよ。
僕は兵庫県の出身なんですが、絶対的なベースとしてあるのが「東京へ仕事に来ている」ということ。だから、東京にいる間は息を抜くつもりもないんです。息抜きというのは自分の中でサボる理由にしかならないので、お酒も飲みません。
笑顔で「ありがとう」と言える人に出会った時は幸せな気持ちになります
先にお届けした<お仕事編>でも、俳優という仕事に懸ける真摯な思いは十分に伝わってきただろう。ファンは荒木から多くの眼福を与えてもらっているが、荒木自身にとっての幸せとは…。その答えにも彼の性格がよく表れていた。
――ここからは、荒木さんの人となりについて聞かせてください。荒木さんにとっての眼福な存在は?
う~ん、難しいですねぇ。僕が幸せを感じるものって何だろう…?すごく絞りづらいんですけど、具体的にあげるとするなら、まず親族の笑顔かな。父、母、祖母、姉ちゃん、妹、甥っ子、姪っ子たちが笑っているところを見ると、幸せだなと感じます。
でも、同時に罪悪感もあるんですよ。地元を離れて、東京へ出てきていることへの後ろめたさや申し訳ないっていう気持ちもあって。だからこそ、一緒にいる時に相手が笑顔になっていると嬉しいし、ホッとしますね。
大きな括(くく)りでいうと、ファンの皆さんの笑顔も眼福の一つです。ファンと呼ぶにはあまりにも愛情深い方たちばかりなので、僕にとっては昭和でいう“親衛隊”のような皆さんです。
さらに広げるなら、街なかで「ありがとう」と笑顔で言える人に出会った時も幸せになります。これは時代的なことでもあると思うんですけど、道を譲れない、ぶつかっても謝れない、急いでいるからとつい割り込んでしまう。余裕がないから「ごめんなさい」の一言が言えないとか、謝ることまではできるけど「ありがとう」を笑顔で言える人ってなかなかいないと思うんです。
先日、仕事で北海道へ行った時のことですが、デパートの中にあるショップへコーヒーを買いに行き、外へ出ようとしたら、たまたまおば様とおばあ様も同じように外へ出ようとしていて。そこは自動ドアではなく、押して開けるタイプのドアだったので、お二人が外へ出るまで僕がドアを押さえていたら、とても素敵な笑顔で「ありがとう、ごめんね」と言ってくださったんです。
その時に僕は、当たり前にやってることですら感謝されるんだなって。そんなこともあって、笑顔の大切さというものを強く実感しました。
趣味の道へと進んだ僕たちを「面白い」と言った母や、肩に鷲を乗せた祖父。みんなすごい人たちです
人間誰しも家族の存在は特別なものであると思うが、荒木の場合、どんな質問をぶつけても、返ってくるのは家族への愛情や感謝にあふれたエピソードばかり。彼がどんな人たちに囲まれ、どんな少年時代を過ごしてきたのかが気になる。
――荒木さんはどんなご家庭で育ったんですか?
祖父、祖母、両親…みんなすごい人たちなんですよ。母方のばあちゃんはとても達筆で、僕も習字を教えてもらっていました。
母方のじいちゃんは田んぼで農作業をずっとしていた人なんですが、ある日、田んぼへ行ったら肩に野性の鷲がとまってたんです。まるで仙人のような光景に、「そんなことある!?」って我が目を疑いましたよ(笑)。
父方のじいちゃんはとても厳しかったけど、手先がとても器用で、竹とんぼや竹馬をあっという間に作ってくれました。
父親はとても真面目で、親に歯向かったりせず生きてきたんだろうなって。頑張って、威厳のある父親になろうとしている感じの人です(笑)。
母がまたすごい人なんですよ。姉が美大、僕が芸能関係の専門学校、妹がカメラの専門学校へとそれぞれ進学したんですが、将来、きちんと仕事に就けるのかどうかもわからない分野に進んだ僕たちについて、「いろんな子に育って面白かった」と笑顔で言ったんです。そんな母を見て、偉大だな、強いなって感心しましたね。
――そんなご家族の愛情に育まれて、現在の荒木さんが形成されたんですね。フォトブックのインタビューで「舞台上で人生を終えることが目標」と話していましたが、今後の人生について、どんな考えを持っていますか?
本番中に人生を終えるって普通の感覚でいえば、みんな嫌がることでしょうし、ちょっと偏った考え方であることは承知してるんですが(苦笑)。制作サイドにしてみたら、そんなギリギリの役者なんて使いたくないというのが普通の思考回路ですよね。
でも、僕はその思考回路すらひっくり返すような存在になることを、将来の目標に定めたいんです。それは、自分にとっても「やり遂げた」と思える目安になりますし、無茶苦茶な目標なんですけどね。
手が届きそうな目標って、僕にとっては通過点でしかないんですよ。身近な目標ではなく、手が届かないところに目標をおいて、模索しながら走り続けていかないといけないと思っているので、それぐらい無茶な目標のほうがいいんです。応援していただいた皆さんに、僕の死に際まで見届けていただけたら最高に幸せです。
撮影:河井彩美 ヘアメイク:小林純子