石橋貴明が毎回さまざまなテーマをゲストと共に掘り下げる、フジテレビ『石橋貴明のたいむとんねる』。

10月7日の放送は、ゲストに塚地武雅(ドランクドラゴン)を迎え、海老原優香アナウンサーと「観たことがなくても絶対聴いたことがある映画音楽」をテーマに、映画史を彩る名曲を特集した。石橋と塚地は映画への思い入れや青春時代の思い出を語り「まさに“たいむとんねる”!」と盛り上がった。

塚地は1984年に公開された映画『プロジェクトA』に大興奮。ジャッキー・チェン、サモ・ハン・キンポー、ユン・ピョウの3大カンフースターの競演に「奇跡やと思ってた」と中学生だった当時の盛り上がりを振り返った。

塚地:そのニュースになった次の日の学校で「おい!聞いたか!?」「あの3人が集まって映画するらしいぞ!」って感じになって盛り上がって。

海老原:ビッグニュース?

塚地:そう、ビッグニュース!

石橋:かなり映画とか詳しいんですか?

塚地:そうですね、小学校高学年で月に2本見るというノルマを課して。中学高校で月に4本見るというノルマを課して、やってました。

石橋:これを見ようってのは、どうやって決めるの?

塚地:当時、携帯とかないじゃないですか。

石橋:「ぴあ」ですよね?

海老原:「ぴあ」?

石橋:俺は小学校の時「ぴあ」を見て、「池袋で今これやってる」って(調べていた)。

塚地:おしゃれ(笑)!

と、映画&コンサート情報誌「ぴあ」の話題で盛り上がった。しかし、海老原アナは「ぴあ」が情報誌だったことを知らず、ジェネレーションギャップに驚いていた。

1982年公開の『愛と青春の旅立ち』を、当時の彼女と見に行ったと語る石橋。思わず立ち上がり、ラストシーンを再現してみせた。

石橋:渋谷のロータリーの前の映画館で観たんですけど、それから1年か2年ぐらいしてから、その前をたまたま彼女と車で通って。「ここで『愛と青春の旅立ち』見たよな」って言ったら「あたしじゃない!」って(苦笑)。

塚地:うわぁー!最悪のバレ方や。

石橋:(っていう)すごい思い出があります。

と、忘れられないエピソードを告白した。

野茂英雄より早くメジャーリーグに行った男!

1994年公開のハリウッド映画『メジャーリーグ2』に出演した石橋。野茂英雄のメジャーリーグデビューは1995年だったと語り「野茂より早く、僕はMLBに出た」と得意げ。

塚地:ハリウッド映画に日本のコメディアンが出るっていうのは、ちょっと奇跡に近いくらいの興奮でした。

石橋:あの時は。今の100倍くらい忙しくて、1週間しか(アメリカに)行ってないんです。僕のシーンだけ撮ってくれた。

石橋は当時を振り返り「すごかったのは飯ですよね」と、必ずキッチンカーで料理された温かい料理が出され、テーブルクロスをひいたテーブルでシルバーの食器で食事をしていたことを明かした。また、食事は主演俳優も石橋もスタッフもエキストラもみんな同じだったといい、ハリウッド映画撮影現場のルールにも言及。

石橋:必ず撮影が終わったら、役者は12時間空けるし、スタッフは8時間空けるし、土日は絶対撮休だし、飯は絶対決まった時間。これを守らないとミールペナルティで制作者側はペナルティを払うの。

塚地:えー!すげぇなハリウッド!

海老原:日本ではそんなことないですよね?

塚地:ないない!ドラマや映画や出させてもらってるけど、ないない!

さらに、この後にもう1本ハリウッド映画に出演をしたことで、アメリカ合衆国の映画俳優などが加盟する労働組合「スクリーン・アクターズ・ギルド」の組合員にもなったことを明かした石橋は「今でも会員です」と胸を張った。

ブラピと撮った幻の1枚!?石橋があの日のCAに呼びかけ!

1996年公開の映画『12モンキーズ』の話題では「俺、ブラピと同じ飛行機に乗ったことある」と語りだした石橋。

映画のPRで日本を訪れていたブラッド・ピットが帰国する飛行機に偶然乗り合わせたのだという。キャビンアテンダントに「タカさん写真を撮ってください」と言われたので「本当はブラピと撮りたいんだろ?」と、本人にお願いしに行ったところ快諾してもらい、一緒に写真を撮ったエピソードを披露。

しかし「俺その写真なくしちゃった」「何度もテレビで(このエピソードを)言ってるんだけど、(写真を持っているはずのキャビンアテンダントが)送ってくれない」と悔しそうに嘆いていた。

それを聞いた塚地は「見てない?送って!」と、必死にキャビンアテンダントに呼びかけていた。