川野小児医学奨学財団は、「病に苦しむ子どもを減らしたい」という思いから1989年に設立され、35年にわたり、小児医学・医療・保健に携わる方々を支援しています。
「みんなで育む子どもの未来」では、子どもの健康と未来のために尽力されている方々にスポットを当て、お仕事の内容や子どもへの想いなどをお聞きし、発信していきます。
第1弾は、HPS/病棟保育士として活躍されている時本雅子さんへのインタビューです。
Hospital Play Specialist(以下HPS)/病棟保育士とは
―時本さんの普段のお仕事内容を教えてください
私は、HPSと病棟保育士という2つの立場で仕事をしています。
主に小児病棟に入院している子どもたちの遊び相手や家族のメンタルケアを行っているほか、より医療の領域まで入り込んで、子どもが前向きに検査や治療に向き合えるようにサポートしています。
―HPSという職種を初めて聞く人も多いと思いますので、もう少し詳しく教えていただけますか
HPSはホスピタル・プレイ・スペシャリスト(Hospital Play Specialist)の略で、イギリス発祥の資格です。
小児医療チームの一員として、遊び(Play)を通して医療環境をチャイルドフレンドリーなものにし、子どもが医療経験を前向きに捉えられるように支援します。
医師や看護師、看護教員、保育士などがHPSの資格を取得していることが多いです。
HPSが行う主な支援では、遊びで子どもの気持ちに寄り添い、慣れない環境や入院による心の不安に働きかけます。
そして検査のpreparation(心の準備)を人形や検査機器の模型などを使ってわかりやすく説明し、子どもの理解を深めます。
さらに、distraction(遊びで気を引き、検査への恐怖や痛みを和らげる)などを行い、子どもの心に働きかけたサポートをしています。
病棟保育士/HPSに就いたきっかけは
―まず、病棟保育士になられたきっかけを教えてください
高校時代に大学病院でボランティアをする機会があり、そこで病院にも保育士がいることを知りました。
子どもはもともと好きだったので、どういう職種がよいかと考えていたのですが、このボランティアが病棟保育士を目指すきっかけとなりました。
ボランティアをしたときは、病院という環境にいる子どもと関わる難しさを感じたり、ご家族と話すことに悩んだりしました。
例えば子どもについて「元気ですね」と言っていいのか……。
元気だったらここにいませんと言われるかもしれない。どう話をしたらいいのか全然分からなくて、自分の経験不足を感じ、まずは保育園で保育士としての仕事を経験してから病棟保育士になろうと思いました。
―高校時代から、もう病棟保育士を目指されていたのですね
では、HPSになられたのはどのようなきっかけからだったのですか
私がHPSになろうと思ったのは、1つ目の病院で病棟保育士として仕事をしていたときの出来事がきっかけでした。
ある子どもが、採血のために身体を固定された時、混乱から痙攣を起こしてしまったんです。
当時は処置室に入ることが難しく、検査後に「よくがんばったね」と褒めてあげることしかできませんでした。
「この子なら押さえつけなくても採血できるのに」と思いながらも医療者にどう伝えればよいかわからず、自分自身に不甲斐なさを感じていました。
もっと医療の中に入って子どもの支援ができたらと思っていた時に、HPSの存在を知り、資格を取得しました。
HPSになるための授業は、私にとって驚きと発見の連続でした。
子どもにとって「遊び」がどんなに身近で大切なことかを、改めて知ることができたんです。
遊びがあることで、検査中の痛みが緩和できる。
治療で「もう嫌だ!」というストレスがあっても、頑張るきっかけをつくってくれる。
遊びでコミュニケーションをとれば、子どもとの関係も構築できる。
「全てに“ホスピタルプレイ”がつながっているんだ」ということを学べたのが、本当に大きなことでした。
「病院は治療をする場だから遊びは必要ない」という医療者もいます。
もちろん病院は治療する場ですが、子どもには病院でも遊ぶ権利があるんです。
オランダには「病院の子ども憲章」というものがあって、その中でこの権利がうたわれています。
HPS/病棟保育士としてのこれまでのキャリアと現在の役割
―病棟保育士になられてからこれまでのキャリアについて教えてください
保育園勤務後、2012年に念願の病棟保育士となり、仕事と並行してHPSの資格も取得して充実した日々を過ごしていました。
どんな環境でも子どもには遊ぶ権利があると知って、いろいろな視点から病院に遊びを取り入れる工夫をし、病院外に同じ考えを持つ友人もたくさんできました。
一方で、「このアプローチでよかったのかな」「この検査はこの対応でよかったのかな」とその都度悩むことも多くなり、心労が重なって最初の病院を退職することになりました。
その後、医局秘書として医療現場をサポートする側になってみたんですが、1年ほど経つと「やっぱりまた臨床に戻りたい。HPSとして働きたい」という気持ちが強くなって、8年前、今の職場であるさいたま市民医療センターに入りました。
―現在の職場では、どのような役割を果たしていらっしゃるのですか
入職して最初に行ったのは、子どもが自由に表現できる遊びを提供し、チャイルドフレンドリーな環境を整えることでした。
無機質な病棟に、子どもが描いた絵やモビールを飾ったり、幼児だけでなく高学年児にも居心地のよい環境になるよう工夫をしたりしました。
医療者の方々の意識が「ここは何だかきれいだね、子どもが楽しそうだね」と変わってきたところで、「病院にも遊びは必要なんですよ」「治療を受ける場にもおもちゃが必要なんですよ」と伝え、徐々に遊びの重要性を浸透させてきました。
「抱っこ採血」も導入しました。
採血は、座ったり寝たりして行いますが、抱っこでの体勢は子どもの心の安定につながり、誰にでもできます。
以前は採血を怖がっていたけれど、「抱っこ採血」をすることで落ち着いて検査を受けられるようになった子も多くいます。
MRI検査においても、HPSとして支援をしています。
この検査は、トンネル状の装置の中に入って長時間動かず大きな機械音に耐える、子ども達にとって苦痛を伴う検査の一つです。
動かないように薬を投与して鎮静させる場合もありますが、呼吸停止のリスクもあり、子どもにとってはかなりハードルが高いです。
そんなときにpreparationが非常に重要になります。
動画や人形などを使って、実際の音を聞かせたり、どういう手順で行うかを丁寧に説明することで、子どもの不安を取り除き、心の準備ができるようサポートします。
また、子どもへの説明に悩むご家族の支援にもつながります。
無事、鎮静しないで検査ができたときは私も本当に嬉しくて、子どもと「やった~!」と喜びます。
この検査をはじめ、HPSとして支援をするうえで大事にしていることは、子どもの声に耳を傾けること。
そして医師や看護師など多職種と連携をとりながら、チームで子どもをサポートすることです。
仕事のやりがいや魅力、苦労する点など教えてください
―やりがいや喜びを感じるのはどんなときですか
当院は1週間ぐらいで退院する子どもが多いので、期間が短くその間に行ったアプローチでよかったのか悩むことも多いのです。
そんな中、子どもが笑顔を返してくれたとき、笑顔で退院してくれたときは本当に嬉しいです。
笑顔というのは、相手に好意をもたないと出ないものだと思うので、「また次もがんばろう!」となります。
また、子どもが怖かった医療を乗り越えられたとき、自分から手を出して採血できたとき、MRIを鎮静せずに受けられたときなど、小さくても一つ一つのことに喜び、安堵します。
自分自身が何かを達成することより、子どもたちが何かをやり遂げたとき、一番やりがいを感じますね。
―大変だと感じたり、苦労したりするのはどんなときですか
医療者と、子どもとその家族との間に立って、それぞれの気持ちを仲介するのは、やりがいがありますが苦労する点です。
例えば先程もお話しした採血の場面では、こんな姿勢で検査をしたい、お父さんお母さんにそばにいてほしい、針を刺す時や抜く時は教えてほしい、といった子どもの気持ちを医療者に代弁することもあります。
一方で医療者側も一人一人の診療に十分に時間をかけたいと思いながら、多くの患者さんがいることでそうできないもどかしさを感じています。
その医療者側の気持ちにも配慮したうえで子どもと医療者の双方が納得した形にできるよう、両者の懸け橋となるのはHPSの重要な役割だと思っています。
今後の課題とは
―お仕事をしている中で、課題と感じていることはありますか
1点目は、限られた時間の中では子どもの気持ちに寄り添った支援が十分に行き届かないことがある、という点です。
そのような状況でも、子どもたちが少しでも前向きに入院生活を送れるように、目の前の子ども一人ひとりに丁寧に関わりたいと思います。
また、多職種のスタッフがしっかりとコミュニケーションを取り合い、病棟全体で支えていくことを大切にしていきたいです。
2点目は、日本ではHPSという仕事・役割があまり認知されていない点です。
イギリスでは専門職として浸透していますが、日本では全国で285人のみが取得している認定資格となっています。
HPSの支援により、子どもが採血の時に自ら手を出してくれたり、落ち着いて検査を受けることができれば、医療や看護の負担も軽減し、子どもにも医療者にとってもプラスになると考えています。
なにより子どもの笑い声が聞こえ、笑顔が溢れる病院になれば、家族や私たち医療者の心の安らぎもうまれていくと思います。
子どもたちにとってやさしい医療を実現できるように、今後も子どもの心を一番に考えていきたいです。
プロフィール
HPS/病棟保育士 時本雅子(ときもと まさこ)さん
千葉県出身
2009年~ 短大卒業後 保育園で勤務開始
2012年~ 東京ベイ・浦安市川医療センターに
入職し、HPSを取得
2018年~ さいたま市民医療センター小児科に入職
HPS・病棟保育の立ち上げに携わる
<インタビューを振り返って~財団スタッフよりひとこと~>
当財団では、助成金の交付などの小児医療施設支援を行っており、その活動の一環として医療施設を訪問することもよくあります。
さいたま市民医療センターもその訪問先の一つですが、訪問するたびに入院中の子どもたちの状況や 医療従事者の皆さまの熱意、そして小児科が抱える経営的な課題など、さまざまなことを学ばせていただいています。
特に、HPSでいらっしゃる時本さんの 「 子どもを一番に考える姿勢 」 はとても印象的でした。
一方で、このお仕事があまり広く知られず、重要な役割を果たしていることが世の中で認識されていないことにもどかしさも感じていました。
時本さんは、普段は柔らかく温かい雰囲気で子どもたちと接していらっしゃいますが、インタビューでは、強い意志と使命感を持ってお仕事に取り組んでいらっしゃることがストレートに伝わってきました。
このインタビューで一人でも多くの方に、病棟保育士やHPSの仕事の存在や重要性を知ったり、子どもにとってやさしい医療とは何かを考えたりしていただければ嬉しいです。
■ さいたま市民医療センター概要
法人名 :社会医療法人さいたま市民医療センター
病院名 :さいたま市民医療センター
※さいたま市が建物等を整備し、社会医療法人が運営する公設・民営方式
開設 :2009年3月1日
所在地 :〒331-0054 埼玉県さいたま市西区島根299-1
診療科目:内科、循環器内科、消化器内科、呼吸器内科、糖尿病・内分泌内科
血液内科、腎臓内科、脳神経内科、外科、消化器外科
乳腺・内分泌外科、脳神経外科、整形外科、小児科、皮膚科
泌尿器科、耳鼻咽喉科、放射線科、病理診断科
リハビリテーション科、アレルギー科、内科(化学療法)
外科(化学療法)、麻酔科、救急科、リウマチ科
病床数 :340床(回復期リハビリテーション病棟47床含む)
TEL :048-626-0011(代表)
■ 川野小児医学奨学財団概要
財団名 :公益財団法人川野小児医学奨学財団
(〒350-1124 埼玉県川越市新宿町1-10-1)
理事長 :川野 幸夫(株式会社ヤオコー 代表取締役会長)
設立 :1989年12月25日(行政庁 内閣府)
事業内容:研究助成/奨学金給付/小児医学川野賞/医学会助成/小児医療施設支援/
ドクターによる出前セミナー/医師・地域連携 子ども支援助成
URL :https://kawanozaidan.or.jp/
TEL :049-247-1717
Mail :info@kawanozaidan.or.jp
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