<試写室特別編>「前科者」岸善幸監督インタビュー

人は、一度罪を犯したら、以前と同じ世界には戻ってこられないのだろうか。

1月28日(金)公開の映画「前科者」は、有村架純演じる保護司(※)の主人公・阿川佳代が、前科者たちに寄り添い、奮闘するヒューマンドラマ。

※犯罪者の更生・社会復帰を助ける仕事で、国家公務員だがボランティアのため報酬は一切ない。

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原作は、原作・香川まさひこ、作画・月島冬二の同名コミック。昨年11月、佳代が保護司になったばかりの頃の物語が連続ドラマとして放送され、映画はその3年後がオリジナルストーリーとして描かれる。

本作で、3年の月日が流れたことを示すシーンが冒頭にある。ドラマでは控えめな新米保護司だった佳代が、無断欠勤した対象者のアパートに乗り込み、窓ガラスをたたき割るのだ。

すっかりたくましい保護司に成長した佳代だが、次に放つひと言で、対象者に寄り添い、支えたいという強い思いは3年前と変わらず抱き続けているということが伝わってくる。

「あなたは今、崖っぷちにいるんです。このままだと奈落の底に真っ逆さまです。そうなったら、もう助けられないじゃないですか」。佳代という人間を見事に描いた1シーンだ。

この脚本・監督を務めたのは、多くのバラエティ、ドキュメンタリー番組や、ドキュメンタリードラマなどを手がけてきた岸善幸。

劇場映画デビュー作「二重生活」(2016年)で、ウラジオストク国際映画祭最優秀監督賞、ニューヨーク・アジアン映画祭審査員特別賞を受賞。第2作「あゝ、荒野」(2017年)では、報知映画賞、日刊スポーツ映画大賞、ブルーリボン賞などの作品賞を受賞した。

今回、岸監督にインタビューし、映画版の制作裏話や撮影秘話、キャストについて、本作に込めた思いなどを聞いた。

“更生”とは、“人間に返ること、戻ること” その意味を込めて作ったオリジナルストーリー

「“更生”って、漢字で書いてもすぐ意味が浮かばないですよね。調べると、“やり直し”という言葉が出てくる。さらに調べていくと、“人間に返ること、戻ること”、そんな意味があったんです」

こう語る岸監督にとって、初めて漫画の映像化に挑んだ本作。原作に忠実に描いたドラマに対し、オリジナルとして描かれた本作は、約5ヵ月間をかけ、8稿まで重ねて脚本を作り上げたという。

「刑事ものなら犯人を追うし、法廷ものなら裁判官や弁護士と検事の対決など、エンターテインメントとしての要素があります。でも、保護司は基本的には何もできないんです。保護観察対象者が出所したころは、職場や住む場所を調整したりしますが、基本的には、月2回の定期報告で対象者と対峙して、話を聞くことが主な仕事なんです。だったら、何もできないことを逆手に取るしかないと思いました」

何もできないことを強みにし、観客の心に訴える作品にするとはどういうことなのだろうか。

「凶悪犯とか、憎悪をかき立てる犯人を描くのではなく、殺人から万引き、今日本に起きているさまざまな罪を保護司と元受刑者の関係性の上に置くと、“今の日本”みたいなものが描けるのではないかと思ったんです」

こういったことこそが、岸監督がずっと向き合ってきた、ドキュメンタリータッチとヒューマンドラマを融合させた社会派エンターテインメント作品の大きなテーマなのだろう。

脚本作りに必要だった2つの要素

本作は、佳代と、彼女の対象者・工藤誠(森田剛)とのドラマを描きながら、折しも発生した連続殺人事件の容疑者に工藤が浮上し、その事件を発端に、佳代の過去や保護司になった理由が明かされていく。サスペンス要素も含まれ、エンターテインメントとしても楽しめる作品になっている。

「海外では、社会的な問題もエンターテインメントとして見せる作品があるじゃないですか。目指したいと思ったのはそんな作品なんです。重々しく感じるテーマでも、楽しんで観ていただく方向で描きたい、と。それは、プロデューサー陣からのお題でもありました」

脚本作りに2つの要素が必要だったという。1つ目は、20代の佳代が保護司になった理由だ。

「保護司になる方は、元警察官や元教師、元市会議員など、地域の名士や牧師さんや住職さんなど宗教家が多く、どこか名誉職のような印象が強いんです。そのため、高齢者の方の割合が高い。しかも、無給のボランティアとなると、実際に20代の保護司の方をスタッフが取材しましたが、その方は役所に勤めていて、役所の先輩にすすめられて保護司をされていて。数にすれば全体の1%にも満たないらしく、そういう事実を知ると、ストーリー上、20代の主人公が保護司をやる理由を作りたいと考えました。それを、原作者の香川さんの了解の下に作らせていただきました」

2つ目は、佳代の過去にもつながる加害者と被害者の存在だ。

「罪というものをどう見るか。1つの罪に対して、加害者と被害者がいますよね。それを描きたいと思いました。佳代の過去に、加害者感情のような罪悪感みたいなものを背負わせて、彼女が保護司になった理由をつくって、そこに向き合う被害者感情をぶつける人物を作りました」

演技指導は段取りだけ「キャスティングの時点で作品の仕上がりは決まっている」

岸監督の演出は、俳優たちに演じる人物の背景を書いた手紙を渡すことから始まるという。

「初めての方には、よろしくお願いしますという意味で演出のプランとか人物のキャラクターについて手紙や資料を渡します。僕の作品で何度か出ていただいた役者さんには書きません(笑)。だから、全員ではないんですよ。ただ、リリー・フランキーさんには、毎回出演してほしくて『出てください』という意味を込めてラブレターは書いてます」

俳優にとって、監督からの手紙は役作りの上で貴重なものに違いない。だが、「もっと役に立つのは、やっぱり現場」とサラリと言う。

「セットやロケ現場で、美術スタッフが飾った部屋とか住まい、そこに衣装をつけて役者は入ってくるわけですが、その時点で演出は始まっているんだと思ってます。事前に伝えた手紙は頭の中で感じてもらえているとは思いますが、全身で役を感じるのはやっぱり現場だと思います。その分、美術や衣装スタッフの力は大きいんです」

有村架純、磯村勇斗を「恐るべき20代」と絶賛

そんな岸監督の撮影方法を聞くと、説明するのは段取りくらいで、あとは役者任せだという。それは、以前から貫いているスタイルだとか。だから、「キャスティングの時点で、もう決まっているんですよ、(作品の)仕上がりが」と。

そこで、キャスト陣についての感想を聞いてみた。

コンビニで働きながら、保護司としての使命感を持つ佳代を演じた有村架純については、「本当にすごい人なんだと実感しました。やっぱり、役者なんですよ。ラブストーリーも多いし、彼女の得意分野だと思っている方もいると思いますが、そういう役を演じる時の彼女は、そういうお芝居をしてきたんだと思うんです。今回のような役を演じる時はこれまでの役とも違うまったくの別人を演じることになるわけで、その実力は想像以上でした。それは、初日のシーンを撮った時から。『あ、よかった』じゃなく、これから2ヵ月間、彼女がどういうお芝居を見せてくれるんだろうと、すごく楽しみになりました」と、絶賛した。

職場の先輩からの激しいいじめに耐えきれず、先輩を刺殺した元受刑者・工藤誠を演じた森田剛については、「もう何も言うことがないです。役として居てくれるので。朝現場に来た時から、覚悟をして来てくれているんだというのをひしひしと伝わりました」とその存在感に驚いたと語った。

佳代の中学の同級生で、容疑者となった工藤を追う刑事・滝本真司を演じた磯村勇斗については、「アイデアがたくさんあって、すごかったですよ。セリフ以外の表情を撮っている時に、こんなにワクワクする人はいないなと思いました。何も言わないのに、惹きつけるような“目のお芝居”をして、『すごいな、この人』と思いました」と称賛した。

そして、「有村さんも、磯村さんもまだ20代。恐るべき20代だなと思いました。俳優っていう仕事はやっぱりアーチストなんですよね、年齢じゃないんだということを実感させられました」と続けた。

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本作に込めた思いは「罪を犯してしまった人の背景を想像してほしい」

「罪を犯してしまう人の背景をちょっと想像してもらえると、日々のニュースが違って見えてくるのではないかと思います。WOWOWの加茂義隆プロデューサーが言っていたのですが、今、SNSなどで他人を裁くことが多いじゃないですか。そういうことが生きづらい社会を作っている一因だとも思うんです。この作品には、“やり直し”という大きなテーマがあります。そのために大事なのが“許す”ということ。青臭いけれど、そういうことを感じていただけたらうれしいです」

心にズシリときて、ジワジワと切なさが広がり、最後は考えさせられる。過去は変えられないが、未来は果たして変えられるのか。そして、“生きる”とは、どういうことなのか。罪を通して、人間の強さと弱さ、絶望や希望を描いた感動作だ。

撮影:今井裕治
取材・文:出口恭子

映画「前科者」は1月28日(金)より全国ロードショー
配給:日活・WOWOW
©2021 香川まさひと・月島冬二・小学館/映画「前科者」製作委員会

最新情報は、映画「前科者」公式サイトまで。