映画「リトル・ダンサー」が原作のミュージカル「ビリー・エリオット~リトル・ダンサー~」は、不況にあえぐイギリスの炭鉱町を舞台に、バレエに魅せられた少年・ビリーが、家族の反対や世間の偏見を乗り越え、やがてプロのバレエダンサーを目指して巣立つ物語。

主人公ビリーのひたむきな姿が胸を打つと同時に、彼の情熱に触れて心動かされる大人たちの愛と葛藤のドラマでもある。

2017年の日本初演に続き、元宝塚歌劇団星組トップスターの柚希礼音が、バレエ教室でビリーの才能を見出すウィルキンソン先生役で出演。思い入れ深い作品への取り組みから、今も忘れることがないという宝塚への思い、知られざるプライベートまでを聞いた。

柚希礼音インタビュー・後編はこちら!

<柚希礼音 インタビュー・前編>

――2017年の初演に続いて、出演のオファーがあったときのお気持ちはいかがでしたか?

とてもうれしかったと同時に、再演で求められるハードルの高さを考えると、身の引き締まる思いでした。再演するときって、何倍もレベルアップしていないと納得いただけないですからね。

しかもこの作品は、脚本も音楽も演出も何もかもが緻密でとにかく素晴らしいんです。初演時に、舞台袖からステージを見ていていつも鳥肌が立つくらい感動して、「これはすごい作品だ!」と思っていました。

私も、もう一度イチから取り組むつもりで、「ここはこれでいいのか?」とたくさんのクエスチョンを自分に投げかけ、最大限のエネルギーを注いでいます。

――Wキャストの女優さんが、今回は、同じ宝塚星組トップスターで大先輩の安蘭けいさんですね。

安蘭さんが星組トップスターになられたとき、私は8学年下の2番手。当時のトップさんと2番手の関係から思うと、今回のようなことはもう~ありえないので、すごいことだな!と。

お稽古で一緒になったときは、ともにいろいろなことを勉強したり、ウィルキンソン先生としても何か助け合いながらできたらいいなと思っています。

――柚希さんが演じるウィルキンソン先生はどんな人物ですか?

人に対して心理的に分厚い壁があり、愛情表現をするのがとても苦手な人物です。さびれた町のバレエ教室も、今では生きるために仕方なくやっているところがあって。でも、彼女がそうなったのには深い理由があるのだろうし、実は心の奥には深い愛情をたたえている人だと思います。

そしてとても不器用だけれど、自分のどんな感情も素直に受け入れる人間味のある人です。

――原作映画では、当時50歳のジュリー・ウォルターズが、現役を退いて久しい感じで演じていますね。

でも初演のときの私は現役感たっぷりで(笑)。宝塚を卒業してまだ2年しか経っていなくて、すごくギラギラしてたと思うんです。

それで初演時には演出家の方が、「あなたは、バレリーナとして本気で第一線をいこうとしたけれども、子どもができたことによって諦めざるをえなかった。だから子どもが大嫌いなんだ、という設定で役作りをしたらいいよ」とアドバイスしてくれました。

でも、その後の3年間でいろんな作品を経験した今は、ウィルキンソン先生が他者に対して心を閉ざした理由を自分なりに想像し、作り上げる過程がとっても楽しくて。

――この3年で、ご自身にもさまざまな変化があったと。

はい。一番変わったのは、舞台上で「お客様に好かれたい」と思わなくなったことです。

2018年に「マタ・ハリ」というミュージカルで女スパイを演じたとき、演出家の石丸さち子さんに、「お客さんに好かれようとする芝居を本当にやめなさい」と、それまでの認識を根底から覆される一言を言われたんです。

宝塚の頃は、より多くのお客様に「ステキ」と思ってもらえたほうが男役としてはいいんじゃなかろうかと思ってやっていたんですけれども、“女”になった今、確かに、幕開きから好かれようとする女ほど、うっとおしい存在はいないな、って(笑)。

それで、まずは全員に嫌われようぐらいの覚悟で、好かれようとしないあり方を勉強して。なので、今回、ちっとも好かれようとしていないウィルキンソン先生の気持ちがとても腑に落ちた状態で演じられるようになりました。

――バレエに携わる指導者としてのウィルキンソン先生のことはどう思いますか?

ビリーにバレエを教える際に、“テクニックも重要だけれど、それ以上に大事なのは自分の内側から湧き出る表現なんだ”というのを大切にするところがすごく好きだなと思います。私もそれと同じことを大切にしていたので。

――ご自身も9歳から高校1年生までバレエに打ち込まれ、レッスンでは足先の血豆がつぶれてトウシューズが血まみれになっても踊り続ける日々だったとか。ウィルキンソン先生の熱心な指導を通して、当時の記憶がよみがえることもあるのでは?

そうなんです。バレエを習いたてのビリーが椅子の上でバランスをとろうとして「怖い!できない!」と言っても、ウィルキンソン先生は「できる!」と言いますが、そういえば私も、つま先から血が出ていて、先生に「トウシューズは履きますけど(足の指の裏を床につけて踵だけ上げる)ドゥミでやっていいですか?」と言っても、「ううん。ちゃんと立ちなさい」と言われたなと思って。

でも、それで根性もついたし、教える側も、相手に未来を感じているから一生懸命だと思うので、それぐらい熱く教えられることが、自分にとってもとても大切なことだったんです。

だから、ウィルキンソン先生としてもそこは熱血になるし、ビリーが自分にとっていかに特別な存在かということも伝えます。けれど、最後にビリーを見送るときは、故郷に未練が残らないように彼女らしく送り出す。そこがもう、最高だなと思います。

――演じていて、ご自身と通じるところはありますか?

私もこう見えて案外人見知りするし、宝塚の頃も、上級生とはしゃべりやすいけど、下級生とは何しゃべっていいかわからないみたいな時代がありまして。今回でいえば、子どもたちとも無理して仲良くなろうとせず、ウィルキンソン先生みたいに居よう、と思ったらすごく楽になったんです。

なので、自分がウィルキンソン先生と似ているかどうかはわかりませんが、彼女の気持ちがよくわかる部分も多いです。

――今年もクワトロキャストのビリーたちをはじめ、子どもたちも技術レベルがかなり高いですね。

ビリー役の4人の中には役者経験者もいますし、みんなバレエもうまくて、ピルエットを8回まわれる“つわもの”も!これからレッスンするのが楽しみです。

バレエガールズとは、年齢差を超えて女同士の戦いを繰り広げている毎日です(笑)。コロナ禍のレッスンで、振り付けも海外とリモートでやっているんですが、バレエガールズの中には初演を経験した子たちが半分くらいいるので、 「初演のとき、そこもうちょっとこう踊ってたのに、今(はまだ)全然だけど…」と言うと、「あ、そうですね!」となったりして。

初演のときは、自分も含め、やるべきことを覚えるだけで精一杯で、みんな必死でやっていたけれども、今は冷静になって、新しい仲間のことも自分たちが引っぱらないといけない。彼女たちも、“再演のほうがもっと怖いんだ”という認識を持っているだろうし、子どもだからといって甘えず、そこはプロ意識を持ってやってもらわないとなぁと思ってます。

――稽古もますます熱を帯びる中、今回の「ビリー・エリオット」はどんな作品になりそうですか?

この作品のいいところは、男の子のサクセスストーリーに終始しないところです。ビリーの素晴らしい成長を堪能できるのはもちろんですが、それだけじゃなく、炭鉱閉鎖が相次ぎ時代が変わりゆく中で、誇り高き炭鉱夫たちの最後まであきらめない姿や、家族のさまざまな葛藤が描かれます。そして、ビリーと関わる大人たちも、彼によって成長させられる部分がいっぱいある。

本当に多くのものが詰まっているので、見てくださる方も、誰かに感情移入したりしながら、きっと何かを感じてもらえるものになりそうな予感がしています。

まずは健康に気を付けながら劇場に来てもらえたなら、生の舞台が持つ素晴らしい栄養を味わい、心の栄養も満たしていただけるのではないでしょうか。

後編では、宝塚への思い、気になるプライベートについて聞く。

取材・文/浜野雪江 撮影/河井彩美 ヘアメイク/CHIHARU スタイリスト/間山雄紀(M0)