さまざまな世界で活躍しているダンディなおじさまに、自身の半生を語ってもらう「オヤジンセイ~ちょっと真面目に語らせてもらうぜ~」。

年を重ね、酸いも甘いもかみ分けたオトナだからこそ出せる味がある…そんな人生の機微に触れるひと時をお届けする。

今回は、地上波でのオンエアも開始したFODオリジナルドラマ『時をかけるバンド』にも出演している、64歳を迎えた俳優・渡辺裕之が登場。

前編では、映画スターに憧れた子ども時代、鮮烈なデビュー秘話、役者という仕事への向き合い方について聞いた。

渡辺裕之の「オヤジンセイ」前編はこちら!

後編では、俳優としてめざすこと、日々の生活と家庭について、そして「もし、今の人生でなかったら、なりたかった憧れの職業」にも変身してもらった。

「いるだけでいい」存在感のある役者になりたい

自分はきちんとした演技の勉強をせずにデビューしたこともあり、外国で学んだ方が教えてくれる演技のワークショップに、ここ10~15年の間で10以上参加しました。

参加してみて、「みんなはこういうことを学んでいたんだな」と知れたし、映像の世界とは違う世界がそこにはあったけれど、“表現者として見ている人に感動を与えたい”という根底は同じだということも分かりました。

演技については、“感情の起こし方”などのメソッドはたくさんありますが、そこにこれまで現場で培った経験値を合わせることが大切だと思っています。どこまで作っていって、どこからは現場に合わせるのか、現場で起きることに自分がどう反応するのかという方に賭けてみる。現場では必ず何かが起こりますし、現場で起きるハプニングの方が正しいので。

演技をする時には、明暗・コントラスト・強弱というのは常に意識をしています。『時をかけるバンド』では威圧的な芸能プロダクションの社長役を演じていますが、色で例えると「明るい色の中に暗い色を入れると目立つし、明るい色も引き立つ」というような構成を自分の中でしています。悲しいはずなのに笑ってみせると「耐えているんだな」と、より悲しさが引き立つ、といった具合に。

自分が作品を見る時には、ひとつのフレームの中で何が起きてるのか、どういう人がどういう思いでやっているのか、を見るようにしています。役者としての自分はまだまだだと思っていて、いるだけで役を表現できるような、堺正章さん、北大路欣也さん、橋爪功さんといった重厚な雰囲気を持つ俳優に憧れます。

セリフを言うだけでその役が作られてしまうような、存在感のある俳優になれたらいいなとは思いますが、現場に行くといろいろなことをついやってしまう。「いるだけでいい」という役にはまだ遠いですね(笑)。

「けんかは一度もない」妻・原日出子と円満夫婦であり続ける理由

Instagramでは日々の生活を発信しています。コロナ禍になって「自分の役割ってなんだろう」と思うようになり、こういう時にこそ、自分が沈み込むよりも沈んでいるみんなを明るくするために何かできたらと思うんですよね。見てくれている人の励みになるような表現を、発信をしていきたいというのがテーマにもなっています。

筋力トレーニングの様子も公開していますが、今は現状を維持するためだけにやっています。肩をちょっと壊しているのでウエイトを低くして、年相応に(笑)。

10年以上前から近所の公園や緑道のゴミを拾うようになりました。ゴミ拾いを“夢拾い”と名付けて行っている人たちがいて、それなら僕もと“夢拾い”としてやっています。その様子もInstagramで公開しています。

“夢拾い”も、仕事がなくて焦っている時には行く気にならないこともあるけど、いざ行って拾ってみると気分が晴れる。きれいになった場所を見ると、その瞬間に自分の存在価値が上がって「生きていていいんだ」という気分にもなる。たまに「ありがとう」と声をかけてくれる人がいると本当に気持ちが救われます。

女房(原日出子)もInstagramで家族との写真や料理の写真を公開していますが、僕と同じような気持ちでやっていると思います。女房とは、1回もけんかしていないかなというくらい仲が良いですね。同じ仕事をしていますが、仕事の話はあまりしません。向こうは基礎からずっとやっていますし、フィールドが全然違うところから俳優を続けているので演劇論では敵わないですよ(笑)。

夫婦円満で仲良くいる秘訣は、「ありがとう・ごめんなさい・愛しているよ」を素直に言うことでしょうか。子どもたちに対してもそうですが、「生まれてきてくれてありがとう、いてくれてありがとう」と、いつもありがたく思うことですね。

人助けが必要な場面に遭遇することが多い

2007年に、渋滞していた高速道路の路肩に車が横倒れになって、クラクションが鳴りっぱなしの現場に遭遇しました。車中にまだ人がいるのが確認できたので、「救急車を呼んで!」と周囲に声をかけ、ガラスの割れた後部座席から中の人に「早く出ないと爆発するよ!」と伝えたら「腰を強打して動けない」と言うので、中に入って抱えて車から出したんです。

上着を着ていなかったので自分の車から毛布を持ってきてお渡しして。しばらくしたらパトカーが来たので、現場検証に立ち会った。傍目から視たら、大事故があってハザードの点いた車が止まっていて、警察に尋問を受けている僕がいる。「渡辺裕之が事故を起こした」という感じですよね(笑)。

その後、警察から、助けられた人が僕の身元を知りたいと言っていると連絡をもらいましたが、断りました。それでその件をマスコミが調べたら、実は事故を起こしたのではなく人命救助だったと判明して報道されて話題になったんです。「実はもっと多くの人を救っているのでは?」とも聞かれるんですが、そんなことはないですよ(笑)。

ただ、なぜだかそういう場に遭遇することが多く、ボーイスカウト時代にも溺れている人を助けたこともあるし、ゴルフ場で倒れてしまった人に救急車が来るまでに人工呼吸と心臓マッサージを続けたことも。その方は助かりましたが、残念ながら助けられなかったこともありました。

普段から、自転車の後ろに乗せた子どもを降ろそうとしているお母さんがいると、ちゃんと子どもが降りるところまで見守っちゃいます(笑)。ちょっとしたことで助けられること、防げることがあるなら、という気持ちでいるだけなんですけれどね。

渡辺裕之、パイロットになる

「もし、俳優になっていなかったら?違った自分になってみてください」。その質問に、渡辺から返ってきた答えは「パイロット」。その理由とは…?

飛行機のパイロットになりたかったこともありますし、ヘリコプターのパイロットになりたかったこともあります。ヘリコプターは面白いんですよね、そんなに滑走路がいらなくて点から点で移動できる。上空で止まっていられるし、いろいろな作業ができる。救助や作業で活躍する場面も多いですよね。パイロットにもなりたかったし、医者にもなりたかったし、救急救命士にもなりたかった。

ボーイスカウトをやっていたので、制服が好きなところがあるのかもしれません。制服って好きだと似合うんですよね(笑)。映画「オン・ザ・ロード」で白バイ警官を演じた時には、借りた衣装ではあるけれど、自分でサイズを合わせるために縫製して直したりもしました。

撮影:河井彩美