1989年兵庫県出身の本橋孝祐は、無数の飛沫で一枚のキャンバスを埋め尽くしたり、素手で描いたりと、前衛的な手法で次々と作品を生み出すアーティスト。

アートの創造・鑑賞を人類特有の「確認の儀式」と捉え、日本人的な“見立て”や“禅”の感性と、哲学や人類学的な考察が入り交じった作品が特徴で、ペインティングや立体、インスタレーションなど様々なアプローチを取りながらも、そこには一貫して彼独自の視点がある。

新進気鋭のアーティストの考え方に迫るシリーズ企画「アートに夢中!」。今回は本橋孝祐に、作品に込めている意味やこれまでの活動の軌跡について話を聞いた。

――本橋さんの作品は、「生」や「死」にまつわる作品が多いですね。

多分、そこに関する問題が一番切実だからだと思います。

特に2020年ほど、地球全体が「死」に対して意識的になったことってないんじゃないでしょうか。

自分の知人のパートナーも亡くなったんですが、身近な人が亡くなったり、自分の命が危ぶまれる怖さを感じたり、それはなんとなく社会全体で共通している感覚だと思います。

パソコンのディスプレイやテレビの向こうで悲惨なニュースがずっと流れていて、世間としてはそれを経済やライフスタイルの問題として取り扱うわけですが、みんな心の底では「誰かが死んでしまった」という思いを消化しきれずにいるんじゃないか。そういう空気感があったのが2020年なのかなって。

それに対して、死んだ人はどこに行くのか、死をどう受け入れるべきなのかという問いって宗教の問題ですが、現代の生活では個々人が一人でどう解釈するかに全て委ねられている気がしていて。

そこで、アーティストとして生死の分断にどう取り組むべきかと。今度個展をするんですが、そこでは「生きている自分たち」にフォーカスしようと思っています。

岡本太郎は「芸術とは生きることだ」って言っているけど、そもそも生きていることって一つの特権で。だから今年開催した個展では身体性の強い作品というか、生命を謳歌することをテーマにした作品と、もう一方で「死んだ人はどこに行ったんだろう」という素朴な疑問に対する、自分なりの答えとなる作品を発表しました。

――本橋さんが、アートを始めたきっかけは何ですか?

アーティストとして活動し始めたのは2013年頃からです。自分は独学で描いていますが「アーティストとして作品をつくる」と初めてキャンバスを買ったのが2013年で、それから2年後に1回目の個展をしました。

活動のきっかけは、幼い頃の阪神淡路大震災や自分自身の事故など「死」に関連した体験を重ねたことだと思います。

例えば、誰しも「あなたは明日死にます」と言われたら自分の財産や知識を人に残そうとすると思うのですが、同じように自分の中にあるエネルギーを誰かに残したくなりました。

それがアーティスト活動の始まりです。例えるならUSBドライブのように、エネルギーを自分の外に出して、誰かに繋げたかったんだと思います。

――「残す方法」なら、文章や歌などもあると思いますが、どうしてアートを?

そこは難しいですね(笑)。昔から絵を描くことが好きだったからだと思います。

――絵以外では、どんなことに興味があったんですか?

社会心理学や精神分析、あとは国際援助などに興味がありました。大学では心理学を勉強していて、大学を出たら国連で働こうと思っていた時期もありました。

心理学に興味を持ったのは中学生の頃。家族が精神疾患を患って、そのときにひとの幸不幸がものの見方に左右されるんだなって。だったら心理学を勉強すれば人を幸せにできるんじゃないかと考えたのが理由です。

多分、小さい頃から人に共感しがちで、自分と他人や世の中との境界線が曖昧というか。だから、「自分と他人両方セットで幸せになりたい」みたいな。

学生の頃には同年代の人のカウンセリングをしたり、学生サロンみたいなものにも呼ばれて「愛とは何か」みたいな話もしていた頃もありました(笑)。でも考えていくと、それってビジネスじゃないよなと思って。生業にするイメージは持てませんでした。

――そこからなぜアートへ?

ネガティブな要素もポジティブな要素もありますが、前者でいえば普通に働くことには向いてなかったのだと思います。

自分の納得していないルールを守ることが出来ないし、じゃあ自分の生まれてきた意味や、自分が神様で「本橋孝祐」という人間を最大限に有効活用するにはどうすれは良いかなど考えた時、自分が一番没頭できて、意味があると信じられることをしようと。それがアートでした。

――作品制作の中で感じたことや発見はありましたか?

「アート=自己表現」だと思っていましたが、やっていく中でその感覚は変わっていきました。

ルイス・カーンという優れた建築家が「芸術の最も美しい部分は作者個人に所属しない」と言っているのですが、それにとても共感しています。自分というより、自分の手を通して世の中や人間が絵を描いているという感覚が強くなってきています。

今は鑑賞する人が信じられるというか、ある種、心の拠り所になるような作品をつくりたいと思っています。

今の時代、特に東京は、変化の速度がものすごいですよね。世の中の様子や価値観がコロコロ変わる。そうやって加速すればするほど、普遍的なものが人間の心の拠り所として必要なんじゃないかなと思っています。

もちろん僕自身にとっても。だから普遍的な作品を作りたいと思っています。

制作を始めた頃は「これじゃないな」と納得できない作品ばかり描いていました。どれも素直じゃないというか、説得力を持たない。翌朝見て「駄作だな」と思ってしまう。説得力を持たない作品は、きっと嘘ついてるからなんだと思います。

実は結構色んなことを気にしてしまう方で、自分の年齢や周りの人間との社会的な関係、自分が生きている時代のことや、性別など。それを忘れて描いてみようと腹を括った時にはいい作品ができました。「何年後経ってもこれは真実だと思えるな」と自分の腹に落ちる作品が。

――人生そのものをテーマにした作品が多いのは「普遍的なものをつくりたい」という気持ちからですか?

そうですね、それはあるかもしれません。普遍性や、真実性が大切だと思っています。

作品を買った方は毎日見ることになるし、その作品に嘘があったら嫌だと思う。アートは鑑賞する人のパースペクティブというか、ものの見方を提供する側面があります。

「今すぐ死んだ方がいいですよ」というメッセージを込めた絵があったら、見る人はそれを否応なしに受け止めてしまいます。

真実味がないものをやると世の中に対して害でしかないと自分は思っていて、信じても差し支えないもの、受け入れることで現実と調和するようなものを作品にしたいと思っています。

――目指すもの、成し遂げたいことはありますか?

自分の手も、何かを感じる心も、全部つくるためにある気がしています。だからある意味、制作は与えられた身体や命に対する敬意で、ちゃんと使っていきたいです。

あとはおこがましいかもしれませんが、単純に自分の関わる人を出来るだけ幸せにしたいし、出来るだけ多くの人に関わっていきたいと思っています。

本橋孝祐(もとはしこうすけ)

1989年兵庫県出身。2013年頃から活動をスタートさせ、これまでの主なグループ展に「”PUSH UP POP UP by WATOWA GALLERY x SEIBU SHIBUYA”」(elephant STUDIO/2020/東京)、「鶏鳴の会新鋭選抜展」(ホテル椿山荘ギャラリー/2019/東京)、「Artists from Japan V」(Ashok Jain Gallery/2018/NYC)が、主な個展に「After million years」(TRiCERA Museum/2020/東京)、「生者の特権」(MEDEL GALLERY SHU/2020/東京)、「FAITH」(elephantSTUDIO/2019/東京)、アートフェアに「Art on Paper 2019」(Pier36/2019/NYC)がある。