初めて描いた漫画「大家さんと僕」(新潮社)で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞した芸人・マンガ家の矢部太郎が、2年ぶりの新作「ぼくのお父さん」(新潮社)を刊行。
発売を記念して、先輩芸人の千原ジュニアと一夜限りの公開対談を開催し、気心の知れた芸人仲間ならではのトークを繰り広げた。
最初に、対談を千原ジュニアにオファーした理由を訊かれ、「この漫画はジュニアさんのおかげで描けたんです。理由はあとで…」と含みを持たせた矢部。
作品を読んだ千原は、「すごいところにいきはった。こんなに少ない線で深い奥行きと温度を感じさせ、ハートをつかむ絵はホンマに素晴らしい。ネギ1本焼いただけやのに、めちゃくちゃうまい!みたいな。引き算の極致!」と大絶賛。
矢部太郎「ぼくのお父さん」より
過去にお笑いの仕事で数多の共演がありながら、「(千原に)一度もこんなことを言っていただいたことはない…」と恐縮する矢部は、「大家さんと僕」の雑誌連載時も、千原が線のタッチの豊かさをほめてくれたことが、大きな励みになったと話した。
20年来の付き合いで、長年、矢部を見てきた千原が、「芸人が大勢いる中にポツンと立った矢部太郎が、しゃべらないのに目立つ理由が、この本を読んでわかりました。それは、ご両親から受け継いだ“品”なんやな」と話し、鋭い観察眼を感じさせる場面も。
「素朴な世界観の中でも、8コマでちゃんとオチをつけるテクニックは、カラテカでネタをつくってきたからこそできること」との指摘には、矢部も深く頷いていた。
矢部と千原は3歳違いで、千原も同時期に少年時代を過ごした。もしも「ぼくのお父さん」の世界に千原兄弟がいたら!?
そんな発想から、矢部がこの日のために描きおろしたイラスト「ぼくのお兄さん」を披露。
千原せいじそっくりのガキ大将っぽい少年と、そのうしろにそっと隠れるように立つ人見知りの小柄な少年(ジュニア)が柔らかなタッチで描かれた絵を見ると、千原は「うわぁ~、すごいね!これはうちのオカンが見たら(うれしくて)泣くんちゃうかな」といたく感激。
続いて矢部が、今回、家族の話を描くにあたり、家族への愛情を再確認できたのは、千原のおかげでもある理由を次のように明かした。
「ジュニアさんがせいじさんのことを話すとき、面白おかしく話しながらもすごくうれしそうで、『お兄ちゃんが好き!』という気持ちがいつも伝わってきたので。その距離感や、家族への気持ちが一番大事なんじゃないかと思って、(『ぼくのお父さん』も)愛を込めて描きました。だから、それに気づかせてくれたジュニアさんが、これを描かせてくれたようなものなんです」
それを聞いた千原はすかさず、「あー…それはちょっと誤解されてるね~。(せいじの話をうれしそうにするのは)これウケるぞーっていううれしさが先に出てしまってるだけ(笑)」と照れ隠ししつつ、「愛しかない。『大家さんと僕』も、今回の『ぼくのお父さん』も」と、改めて太鼓判を押していた。
その後矢部が、「大家さんと僕」を書籍化した際、書店に配布する見本に、「ジュニアさんがほめてくれました」という文言を勝手に使っていたことを告白すると…。
千原は、「それで(作品が)すごい賞を獲った。又吉(直樹)の『火花』も、『帯(の推薦文を)書いてくれー』と頼まれて書いたら、直木賞を獲った。俺、やたら“帯あげちん”みたいになって、帯の依頼ばっかり、むちゃくちゃくんねん!」と最近の状況を面白おかしく説明。
矢部が改めて、「“帯あげちん”として、(『ぼくのお父さん』に)公式にコメントをお願いできないでしょうか」とオファーすると、「俺でよければもちろん!」と快諾。
そして、「次は『お嫁さんと僕』を描いて、『ぼくのぼく(息子)』を描いて、最後の最後に『僕と入江くん』を描いて!」と熱烈オファー。
実は20数年前、千原がバイク事故で「死にかけた」あとのリハビリ中、車で病院に送り迎えをしてくれたのが、カラテカの入江慎也だったという。
「そのおかげで俺は今、こうして歩けてる。(カラテカの)2人にはホントにお世話になってる」
千原がそう言うと、矢部は嫁と息子に関しては苦笑いでかわしつつ、「『僕と入江くん』には、そのエピソードも描かせていただきます!」とすっかりその気に。
新刊について語る本筋は押さえつつ、聴衆を楽しませずにはおかない2人の公開対談は、ちょっぴりじんとさせて笑わせる、鮮やかなコントのようでもあった。
取材・文/浜野雪江