黒沢清監督が「第77回ヴェネチア国際映画祭」で銀獅子賞(監督賞)を受賞したことでも注目を集める、映画「スパイの妻」が10月16日より公開となる。

1940年、太平洋戦争を目前に控えた神戸を舞台に、貿易会社を営む優作(高橋一生)とその妻・聡子(蒼井優)との複雑な愛を描いた本作で、坂東龍汰は優作の甥で、優作の会社に勤める竹下文雄を演じた。文雄は優作とともに満州へ渡り、そこである国家機密を知ってしまったことから、人生が一変。優作と聡子の人生を大きく動かす。

フジテレビュー!!では、蒼井と高橋という演技派俳優と堂々と渡り合う演技を見せた坂東にインタビュー。その模様を前後編に渡って掲載する。前編では本作の現場で感じていた思いや、黒沢監督、蒼井、高橋らとのエピソードなどをじっくり語ってもらった。

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黒沢清監督から演じる上でのたくさんのヒントをいただきました

――本作のオファーを受けたときはどう思いましたか?

最初にマネージャーさんから「次の作品、坊主頭だけどいい?」って、聞かれて(笑)。「大丈夫ですけど、むしろどんな作品か気になります」と伝えたら、黒沢清監督の作品ということで。その名前を聞いた瞬間、「やりたいです!」と言いました。

僕は役者を始めてからまだ3年で、まさかこんなに早くご一緒できるとは思っていなかったので、夢のようだと思いました。しかも、蒼井優さんと、高橋一生さんともご一緒できるという。以前から共演をしたいと思っていた方々だったので、坊主にしてでもこれはやるしかない、という一択でした。

ただどうして僕をキャスティングしてくださったのかは、謎です。キャストもスタッフの方々も含めて初めての方たちばかりだったので、「何で僕だったんだろう?」と(笑)。

――言い方が難しいのですが、坂東さんの容姿が時代ものによくハマっていて。

そうなんですよ!そう言っていただけたので、自分で言いますけど、僕、眉毛を出すと一気に昔風になるんですけど、眉毛を隠すと現代風の顔になるんです(笑)。それは役者として得してるな、と思っています。今回のような時代ものも、今風のキラキラしたものも、両方できるので。そのおかげで、この「スパイの妻」という映画で、自分が浮かずに済んだのだと思います。

――前半の文雄の人懐っこさや、素朴な感じは、坂東さんがもともと持っているイメージと合っていると感じましたし、後半の変貌ぶりも、こんな一面があったのだ、と観客に思わせることができる、演じがいのある役なのでは?と思いました。

ホントに演じがいのある役でした。台本を読んだ時点で、こんなにも変化する人を演じられるんだ、と思いました。満州に行って国家機密を知ってしまう前と後とでは、物語全体の雰囲気が一変するので、そこで感情の変化を見せなくてはいけないと思ったし、それは僕にとって挑戦でもありました。そこは監督とたくさんディスカッションもさせていただきました。

黒沢監督はお芝居に関して細かく演出をつける方ではない、と周りからは聞いていたのですが、僕は演じる上でのたくさんのヒントを監督から教えていただけました。すごく新鮮で、貴重な体験をさせてもらいました。監督とお話しさせていただけたことが、文雄を肉付けしていく上で大きな手助けになりました。

――黒沢監督からの演出で、特に印象に残ったエピソードを教えてください。

冒頭のシーンで言われたことは印象に残っていますね。この映画のファーストシーンでもあって、文雄が通訳をしていた外国人の商人が憲兵に連行されてしまうのですが、ワンカットで撮っていて、全体のヒキから最後に文雄の顔のヨリになるんです。

憲兵が何人もいて、車も動くし、いろんな人たちの段取りが必要な場面でもあったんですけど、監督からそこで「もう一回」と言われて。僕のヨリになる息を上げながら、去っていく車を見送るところで、唇が一瞬、ピクって動いたみたいで。コンマ何秒だと思うんですけど、「口が動いたのはなぜ?」と聞かれて、僕が「特に意味はなかったです」と言うと、「それは映画の中では意味を持ってくるものだから」と言われました。

何かを伝えようとしていたのか、それがセリフなのか、そうではないのか、間違って声が乗らなかったのか、とか。少しの動きでも大きなスクリーンで見る映画では、観客にたくさんの情報を与えることになる、と言われたんです。そういう細部にまでこだわった演出をされていることに感銘を受けました。

それを撮影の初日で経験することができたので、瞬き一つにしても意味を持つことがある、というのを自覚するようになりましたし、そのあとからはどうして文雄がこういう動きをするのか、というのを、感情の流れと合わせて目線一つまで考えてから現場に行くようになりました。

ただ現場に入ったら、それは一度全部忘れて、その場で蒼井さんや高橋さんから感じたものを受けて演じていましたけど、お二人に食らいついていくためにも、そうやって自分の動きに対して説明できるようにしておくことは、必要だと思っていました。

今のお仕事と生半可に向き合ってはいないですし、責任感は持っています

――文雄は、年齢は今の坂東さんと近いですが、時代が違うことで、考え方などに共感するのは難しいのでは?と思いました。そんな文雄の気持ちをどのように理解していきましたか?

1940年のお話ですからね。当時と今とでは環境も全然違いますし。ただ出来事の大小は違っていても、同じように感じられることはあるので、その部分を広げながら理解していきました。

前半の文雄については、今の僕らと近いものもあるので、そこまで難しくはなかったんですけど、やはり満州に行ったあと、優作さんと一緒に正義を貫こうとするところは、難しいところはありましたね。かなりの拷問を受けても、その計画を成し遂げるために我慢するわけですから、その責任感や使命感は相当のものだったと思います。

けど僕も今のお仕事と生半可に向き合ってはいないですし、責任感は持っています。いろんな方々が企画から携わって、脚本にして、撮影をして、作品として世の中へ生み出して。僕はそのすべてに関わっているわけではないですけど、撮って終わりではなくて、それをたくさんの方に見ていただくための宣伝活動まで含めて、自分の仕事だと思っています。

文雄の責任感と比べると規模は小さいのかもしれないですが、僕が仕事と向き合う姿勢と照らし合わせながら理解することはできました。

あとは人を信じる、ということが文雄にとって大事なことになるのですが、僕も家族や友達を信じているので。その辺も自分と重ねることはできました。

――確かに同じような出来事は現代では起きないですが、同じように感じる出来事はありますよね。

そうなんです。そういう風に見ていけば、文雄の感情に近づくことはできました。あとは現場で起こることや、聡子さんや優作さんと会話することで見えてくるものもありました。この映画は、会話劇でもあると思うので、その会話ができているか、いないかで圧倒的に見応えが変わってくると思ったんです。だから、撮影以外でも蒼井さんや高橋さんとはよく話すようにしていました。

――どんなお話をしていたのですか?

蒼井さんとは僕がシュタイナー教育という、ちょっと変わった教育を受けていたので、それについてとか、プライベートなことが多かったですね。一生さんは自転車が好きで、僕も(出演した実写映画)「弱虫ペダル」がきっかけで自転車にハマったので、一緒にサイクリングに行こう、って誘っていただいたり。あとは仕事の相談に乗っていただいたりもしました。

そういう他愛もない会話を普段からすることで、映画の中でもリアルに通じ合えるんじゃないかと思ったんです。特に旅館で文雄が聡子さんと言い合うシーンとかは、感情が入った会話ができていないと伝わらないと思ったので。僕もキャリアがないなりに、できることはやろうとしていました。必死でしたね(苦笑)。

――普段から共演者の方とのコミュニケーションは大事にするほうですか?

めちゃくちゃ大事にしています。いつも自分から率先して話に行くようにしています。特に今回は同じ家に住んでいる家族のような関係性だったので、お互いを知らないよりは、絶対に知っている方がいいと思ったので。ただ僕から行く前に、蒼井さんの方から話しかけてくださって。蒼井さんが明るくて、ずっと皆さんを笑わせているような現場を作ってくださったので、居心地がとても良かったです。

“#スパイの妻”でエゴサします

――最後にこの映画の見どころを教えていただきたいのですが、一言で表現するのが難しい、さまざまな見どころがある作品ですよね。

そうなんですよ。時代物であり、会話劇であり、ラブストーリーだし、サスペンスだし。100人の人が見たら、100通りの受け取り方ができると思うんですよね。その人が今までどんな風に生きてきたかによって、感じ方も全く違うと思うし、登場人物たちの揺れ動く感情のどこに共感するかも違うだろうし。もう見た人にしかわからないので、とにかく劇場で見てほしいです。

何が正しくて、何が間違っているか、って、人によって違うと思うのですが、この映画を見終わったあとに、もう一度、そのことについて考えるようなものになっていると思います。

同じ行動でも聡子さん目線で見るか、優作さん目線で見るかで違っていて。そこに文雄や他の人たちの目線も出てくるので、全部の視点から見るためには、相当な回数見ないといけないんじゃないかな。それだけの視点があるからこそ、あの中の誰かには感情移入できると思います。

今は早くいろんな人に見ていただいて、いろんな感想をエゴサしたいと思っています(笑)。“#スパイの妻”で見まくります。

――観客としては、何が一番心に残りましたか?

自分が出てくるので冷静に見られない部分も大きいんですけど、どっちもわかるな~って感じでした。優作さんの正義を貫くためなら何事も厭わない、という姿勢もわかるし、聡子さんの愛のためなら何でも捨てます、というのもわかるし。だから見終わったとき、ダブルで堪えました(苦笑)。

でも改めて、すごい作品だな、と思いましたし、その中に自分がいることに鳥肌が立ちました。「こんなすごい作品に自分が…うわ~」って。事の重大さのようなものを、見終わって感じました。テンションが上がりまくってました(笑)。それに対して、スタッフさんから「坂東くんのお芝居、良かったよ」って言ってもらえて。この作品の一部になれたことはすごく嬉しかったです。

今、こういう時期で、映画館に足を運ぶのが難しい方も多いとは思うのですが、できるだけたくさんの方に見ていただきたいですね。見ていただいて後悔はしないと思いますし、胸を張って見てください、と言いたいです。

坂東龍汰インタビューは<素顔編>に続きます。こちらもお楽しみに!

撮影:小嶋文子

<「スパイの妻」 ストーリー>

1940年。少しずつ、戦争の足音が日本に近づいてきた頃。

聡子(蒼井優)は貿易会社を営む福原優作(高橋一生)とともに、神戸で瀟洒な洋館で暮らしていた。身の回りの世話をする駒子(恒松祐里)と執事の金村(みのすけ)、愛する夫とともに生きる何不自由ない満ち足りた生活。

そんなある日、優作が物資を求めて満州へ渡航する。満州では野崎医師(笹野高史)から依頼された薬品も入手する予定で、そのために赴いた先で偶然、優作と福原物産で働く優作の甥・竹下文雄(坂東龍汰)は、衝撃的な国家機密を目にしてしまう。2人は現地で得た証拠と共にその事実を世界に知らしめる準備を秘密裏に進める。

一方で、何も知らない聡子は、幼馴染でもある神戸憲兵分隊本部の分隊長・津森泰治(東出昌大)に呼び出され、「優作さんが満州から連れ帰ってきた草壁弘子(玄理)という女性が先日亡くなりました。ご存知ですか?」と問われる。

今まで通りの穏やかで幸福な生活が崩れていく不安。存在すら知らない女をめぐって渦巻く嫉妬。優作が隠していることとは?

聡子はある決意を胸に、行動に出る。

2020年10月16日より全国ロードショー
最新情報は、映画「スパイの妻」公式サイトまで。