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2019年11月19日 |

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高橋尚子 五輪の名シーンに、あの瞬間は「よし、行くぞ!」じゃなくて「ああ!ショック!」

11月18日(月)放送『石橋貴明のたいむとんねる』

めざましmedia編集部

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石橋貴明がさまざまなテーマをゲストとともに掘り下げるフジテレビ『石橋貴明のたいむとんねる』。

高橋尚子 五輪の名シーンに、あの瞬間は「よし、行くぞ!」じゃなくて「ああ!ショック!」_bodies

11月18日(月)の放送は、高橋尚子、塚原直也、杉原千尋フジテレビアナウンサーと「オリンピックと言えばさ この瞬間でしょ」をテーマにそれぞれが思い出に残っているオリンピックのシーンを振り返った。

石橋は「Qちゃん(高橋の愛称)は久々だけど、塚原くんは初めて」とあいさつ。高橋とは電話番号を交換している仲で、高橋は石橋の電話番号が書かれたメモを持参。今でも財布に入れ「お守り代わり」にしていると話した。石橋は一度だけ「ランニングフォームについて」聞くため、高橋に電話を掛けたことがあるという。

高橋尚子が選んだ「オリンピックといえばさ この瞬間でしょ」

高橋が選んだのは、1992年のバルセロナオリンピックの女子マラソンで有森裕子選手が銀メダルを獲得したシーン。

高橋尚子 五輪の名シーンに、あの瞬間は「よし、行くぞ!」じゃなくて「ああ!ショック!」_bodies

石橋:Qちゃんこのときもう(有森選手と)一緒に練習してたとか?

高橋:このときはまだしてなくてですね。大阪の大学に通っていて、地元の花火の日だったんですね。

大学のチームで見に行って、そのチームメイトの家でゴロゴロしながらオリンピックを見て寝てしまったんですけど、「ゴールまで見切ろう」とたたき起こされて、眠い中で有森さんを応援していたのは、すごい覚えてます。

高橋は、このころはトラック競技の選手だったので自分が同じマラソンでオリンピックに出られるとは全く思っていなかったと明かした。

のちに小出義雄監督の指導を受けたくて実業団に入ったが、小出監督がマラソンの総監督になってしまい、指導が受けられなかった。モヤモヤしていたが、それならばマラソンをやれば指導が受けられる、と思ったことが種目転向へのきっかけになったのだそう。

タカさんが選んだ「オリンピックといえばさ この瞬間でしょ」

石橋が選んだのは、2000年のシドニーオリンピックで高橋尚子がスパートをかける直前にサングラスを投げたシーン。

高橋は、日本女子陸上界初の金メダルを獲得。女性アスリート初の国民栄誉賞を受賞した。

石橋:あれ、なんで急にサングラス投げたんですか?

高橋:あれは、もともと前日に小出監督が「部屋に来い」と。「作戦を教えてくれるのかな」って行ったら「20キロと30キロで応援してるからね」と業務連絡だけで終わったんですよ。

石橋:うん。

高橋:20キロでは、最大のライバルがいないってことを伝えてくれたんですけど、30キロになったら、私がしていたサングラスが海外選手向けに作られているものが多いので、こめかみがちょっと締め付けられるんですよね。勝負時は頭がクリアじゃないとその瞬時の判断ができないから、サングラスを誰かに持ってもらいたいんですけど…2万円するんですよ。本当に高いんですよ(笑)。

サングラスを失くしたくないと思った高橋は、34キロ地点で自分の父親を見つけ、そこに向けて投げたのだった。

高橋:そしたら、途中の中継バイクに当たって戻ってきたんですよ。あの瞬間は「よし、行くぞ!」じゃなくて「ああ!ショック!」ってイメージですね。

あ然とする石橋に、高橋はさらに「父親見つけた」「投げた」「(バイクにぶつかり)ショック」「あれ?並走しているシモン選手がついてこない」「今だ」「行けー」というのを、「3秒くらいの間にやった感じ」と続けた。

一方、30キロ地点で見当たらなかった小出監督は、20キロ地点で「優勝する(だろう)な」と確信し、ビールを飲んでゴール地点に移動していたそうだ。

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さらに、石橋は1976年モントリオールオリンピック「プレッシャーを乗り越えた新月面宙返り」の場面も挙げた。

塚原直也の父・光男が、絶対に失敗できない場面で新月面宙返りを決めたシーンだ。

石橋:生まれてないんだ?

塚原:生まれてないです。

石橋:見てないんだ、お父さんの。

塚原:見てないです。

石橋:俺なんか、かぶりついて見てたなぁ。

そんな中、父・塚原光男のオリジナル技の話題に。

杉原:塚原光男さんの名前が付いた技も2つありますよね?

塚原:そうですね。月面宙返りと、跳馬の“ツカハラ跳び”。

石橋:ツカハラ跳びね。

塚原:僕も3つオリジナルの技を。

杉原:やはり、自分の名前が付くとうれしいですか?

塚原:うれしいですね。父が“ツカハラ”なので僕の場合は“ツカハラナオヤ”ってフルネームなんですよ。

それを聞いた石橋は「俺もどっかでイシバシってワード出したい」とうなり、「テレビのカメラ倒す技はイシバシ」と名付けてスタジオを笑わせた。

塚原は「人間ってここまでできるんだ」と驚いたというビタリー・シェルボ選手を紹介。美しい姿勢と驚異的な跳躍力は「どんなに頑張ってもできない」「次元が違う」と絶賛していた。

塚原は、2004年アテネオリンピック男子体操、団体総合で28年ぶりの金メダルを獲得。

父の光男が団体で獲って以来、28年ぶりの金メダルを獲得し「日本初の親子で金メダル」がかなった。

団体最初の演技者だった塚原だが、実は出だしの「床」で、3つの連続技のところを2つで終わってしまったという。そのミスをカバーするために、最終技を変えたと当時の映像を振り返りながら解説し、石橋は「このとき『やっちゃったー!』って思ってたの?」と盛り上がった。

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2020東京オリンピックの注目選手も紹介

また、高橋、塚原は2020東京オリンピックでの注目選手も紹介。

高橋は、女子マラソンは「非常に厳しいことは間違いないですけれども、しっかり対策をできれば(メダルを)狙える」と予想。さらに「メダルを見たいなら競歩」と、選手層の厚さを語った。

塚原は、世界選手権の「床」で金メダルを獲っている村上茉愛選手の名前を挙げた。また、海外ではアメリカのシモーネ・バイルズ選手がとびぬけていると語った。

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