研究室で生まれた新しいサイエンスを、患者さんにお届けするために。その実用化への道のりには、様々な壁が立ちはだかります。だからこそ、アカデミア、企業、公的機関のそれぞれが強みを持ちより、画期的な研究成果をともに育てていくことが重要です。
2026年8月に開催されたNeuro2026では、神経科学分野の研究者や産業界、公的機関の関係者が集い、創薬イノベーションを実現するためにそれぞれが果たすべき役割について議論しました。アカデミアやスタートアップとの協業を積極的に推進しているベーリンガーインゲルハイムも、産業界の立場から参加。企業として、どのような形で研究者と協働できるのかを発信するとともに、研究者や公的機関が抱える課題や期待に耳を傾け、患者さんへの価値創出につながるイノベーションの在り方について意見を交わしました。
優れたサイエンスの実用化には今、何が求められているのでしょうか。
一つの発見から、創薬の可能性が始まる
新しいサイエンスの発見は、次世代の医療の可能性を切り拓く可能性があり、創薬において大きな一歩です。しかし、それは患者さんに新たな治療法を届ける長い道のりの出発点にすぎません。
Neuro2026では、その一例として、東京大学医学部付属病院 寄付講座 認知症共生社会創成治療学 特任准教授 山田薫先生がアルツハイマー病などの神経変性疾患に関する研究成果を紹介しました。研究チームが着目したのは、脳内の老廃物を除去する「グリンパティックシステム」という機能です。研究では、AQP4というタンパク質を介してこの機能を高めることで、アルツハイマー病の疾患モデルの病態を改善することが確認されました。これは、脳が本来持つ老廃物除去機能を活用するという新たな治療アプローチの可能性を示す成果です。
大学や研究機関の基礎研究から生まれるこのような画期的な研究成果は、革新的な治療を生み出すための重要な発見です。一方で、この発見を患者さんのもとへお届けするには、さらに多くの問いに答えていかなければなりません。そのアプローチは、ヒトでも有用な方法なのか。薬剤をどこに、どのように作用させればよいのか。その作用を医薬品として実現できるのか。そして、患者さんにとって真に意味のあるイノベーションにつなげられるのか。
このような問いに対して、アカデミアの研究者がすべての答えを準備するのは簡単なことではありません。山田先生は、創薬における高い専門性を有する製薬企業との連携を念頭に、「サイエンスドリブン、つまり画期的なサイエンスを起点に、患者さんにとっての価値を作り上げていきたい」と語りました。新しいサイエンスを起点に、アカデミアと企業それぞれの専門性や視点を持ち寄り、その可能性をともに育てていく。山田先生の言葉からは、産業界とアカデミアのあるべき連携の姿が見えてきます。
研究の早い段階から、ともに可能性を探る
新しいサイエンスを患者さんに届けるために、企業はどのような視点や専門性を持ち寄ることができるのでしょうか。
創薬を進めるためには、疾患メカニズムの理解に加え、創薬標的の検証や化合物の探索、臨床開発、製造など、医薬品に関わるさまざまな専門性が必要になります。そのうえで、Neuro2026のディスカッションでは、「どの段階まで研究を進めれば、企業との連携が可能になるのか」という、アカデミアからの問いも投げかけられました。
日本ベーリンガーインゲルハイムの神戸医薬研究所 R&Dアライアンス部 岩井玲奈さんは、「研究テーマや企業によって適切なタイミングは異なる」と前置きをしたうえで、「重要になるのは、研究成果が完成するのを待って連携を始めるのではなく、より早い段階からアカデミアの研究者と企業が対話することです」と強調します。
ベーリンガーインゲルハイムにとって、創薬のイノベーションにおいて社外との連携は重要な源泉です。現在、医療用医薬品事業の研究開発パイプラインの約50%は社外との連携により推進しているもので、公的研究機関やバイオテック、製薬企業など、約200のパートナーと協力を進めています。
特に私たちが重視しているのは、基礎研究の段階から、長期的な視点に立ってパートナーとの関係を築いていくことです。アカデミアには、疾患の本質的な理解に迫る深い知見や、既存の概念にとらわれない新しいサイエンスがあります。一方、企業には、創薬研究や開発を通じて培ってきた知識や技術があります。互いの強みを生かしながら、「この発見をどうすれば患者さんにとっての価値につなげられるのか」をともに考える。そこに産学連携の大きな意義があります。
ベーリンガーインゲルハイムでは、パートナーと互いの知見を持ち寄り、早い段階から実用化への可能性を探りながら、優れたサイエンスを患者さんに一日でも早く届けることを目指しています。
研究と企業をつなぐ、もう一つの力が創薬エコシステムを支える
Neuro2026では、実用化支援の立場から、研究成果を社会へ届けようとする研究者が直面する課題についても議論されました。AMED(日本医療研究開発機構)の脳神経科学統合プログラム 研究・実用化支援班による調査からは、本プログラムに参画されている先生方の多くが医薬品への実用化に関心がある一方で、その進め方に課題を感じていることが紹介されました。
北海道大学 北海道大学病院 医療・ヘルスサイエンス研究開発機構 臨床研究開発センター長・准教授 佐久嶋研先生は、「研究の内容や進捗度合いは、先生方によって千差万別です。研究シーズの状況が異なるからこそ、一律の道筋を示すのではなく、それぞれに応じた支援が必要です」と話します。
創薬を目指す過程では、研究者がサイエンスを追究するだけでは乗り越えることが難しい課題があります。創薬に必要となる高度な技術や研究設備へのアクセス、知的財産や研究戦略、さらには企業との連携などです。こうしたアカデミア創薬のさまざまな課題に応えるため、AMEDでは複数の支援事業が展開されています。このような公的支援は、研究者、企業をつなぎ、実用化への歩みを支える創薬エコシステムの基盤として機能しています。
産官学それぞれの強みを生かして、新しい価値を創る
新しいサイエンスを生み出すアカデミア。その可能性を創薬へと育てる企業。そして、研究成果を次のステージへ進める環境を支える公的機関。それぞれが強みを持ち寄り、早い段階から連携を行うことで、実用化への道は大きく開ける可能性があります。
優れたサイエンスを起点に、患者さんにとって意味のあるイノベーションへとつなげていく。Neuro2026で交わされた議論は、産官学連携が創薬にもたらす可能性を改めて示すものとなりました。
また、ベーリンガーインゲルハイムとしても、アカデミアやパートナーの皆さんとの対話を通じて、優れたサイエンスを患者さんの価値へとつなげるために何が求められているのかを改めて考える機会となりました。
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左から
岡部繁男 先生:理化学研究所 脳神経科学研究センター センター長/AMED 脳神経科学統合プログラム 中核拠点 プロジェクトリーダー
佐久嶋研 先生:北海道大学 北海道大学病院 医療・ヘルスサイエンス研究開発機構 臨床研究開発センター長・准教授
岩井玲奈 さん:日本ベーリンガーインゲルハイム株式会社 神戸医薬研究所 R&Dアライアンス部
山田薫 先生:東京大学医学部付属病院 寄付講座 認知症共生社会創成治療学 特任准教授
武本浩 先生(座長):北海道大学 北海道大学病院 医療・ヘルスサイエンス研究開発機構 臨床研究開発センター 客員教授
上口裕之 先生(座長):理化学研究所 脳神経科学研究センター 副センター長/AMED 脳神経科学統合プログラム 中核拠点 副プロジェクトリーダー
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