8歳で中国から日本へ移り、その後いったん中国へ戻って中学・高校時代を過ごし、大学進学を機に再び日本へ。住まい探しでは「外国籍だから」という理由で希望する物件への入居を断られた経験を持つ、許 明月(シュ ミンユエ)。


2024年7月、Renxa株式会社へ外国籍社員第一号として入社。入社9カ月で係長、1年9カ月で課長へ昇進し、現在は12カ国・32名からなる多国籍チームを率いています。事業開始期と比べ年間対応件数は約2.4倍に伸び、2026年7月末までに累計約7万人の新生活に伴うライフライン契約手続きを支援してきました。


「支援される側」だった経験を持つ彼女は、なぜ支援する側へ進み、若くして多国籍組織のマネジメントを担うようになったのか。日本と中国、生活者と支援者、現場と管理職――複数の立場を経験してきた許が考える、多文化共生と外国人材が活躍し続けられる組織づくりについて聞きました。


「チャンスは自分でつかむ」中国と、「調和」を重んじる日本

―まず、これまでの日本と中国での生活について教えてください。

私は中国で生まれ、8歳のときに家庭の事情で日本へ来ました。母の再婚相手である日本人の養父が当時中国に駐在していて、日本の本社へ戻ることになったため、家族で日本へ移ることになりました。日本で5年間生活した後、14歳で中国へ戻り、中国と日本を行き来する中学・高校時代を過ごしました。その後、2020年に立正大学への進学を機に、再び日本へ来ました。


中国で暮らしていた頃、母からは「チャンスは自分でつかみ取るもの」と教えられて育ちました。当時の小学校は1クラス50人ほどいて、先生の目に留まり、機会を得るためには、競争の中でも積極的に自分をアピールする必要がありました。


一方、日本の小学校では、同じように積極的に前へ出ると「出しゃばっている」と受け取られてしまうことがありました。中国では自分から目立つことが評価やチャンスにつながりやすいのに対し、日本では周囲との調和を大切にし、和を乱さないことが重視される。その違いは、子どもながらに強く感じていました。

「外国籍はちょっとお断り」。個人を知る前に“国籍”で判断された驚き

―大学進学時の住まい探しでは、外国籍であることを理由に入居を断られた経験があったそうですね。

はい。一人暮らしを始めるために不動産会社へ行きました。養父が日本人で、日本にも家があり、私自身も永住権を持っていたため、住まいを借りることに大きな不安はありませんでした。


ところが第一希望だった物件について、不動産会社から「オーナーさんが『外国籍はちょっとお断り』と言っています」と伝えられました。最初に感じたのは残念さと悲しさでした。ただ、ショックというよりも、「今でも外国籍という理由だけで断られることがあるのだ」という驚きの方が大きかったと思います。


私は日本で長く暮らし、日本語だけでなく、わび・さびをはじめとする日本特有の感性や文化、歴史についても学んできました。自分なりに日本への理解を深めてきたつもりです。それでも、個人の背景を知ってもらう前に「外国籍」という括りだけで判断されたことに驚きました。


最終的には別の物件で、「永住者だったら」ということで入居することができました。ただ、「もし自分が永住権を持っていなかったら、部屋を借りられなかったのかな」と複雑な気持ちになりました。当時19歳でしたが、この経験を通して、日本で生活する外国人が新生活を始める段階からさまざまな壁に直面することを実感しました。

外国籍社員第一号として入社。「何も決まっていない」ことが入社の決め手に

―Renxaを知ったきっかけと、入社を決めた理由を教えてください。

前職を退職した後、一度中国へ帰って過ごしていました。そろそろ仕事を探そうと思い、求人情報サイトで「外国人」「中国語」といったキーワードで求人を見始め、その中で見つけたのがRenxaでした。


中国語を生かせることに加え、大学2年生のときに約1年間、コールセンターでアルバイトをしていた経験もあったため、「自分にもできそうだ」と感じて応募しました。

最初の面接で、給与体系や評価基準について質問したところ、当時は新設事業部であったため、まだ制度面で整備途中の部分が多いと率直に教えてもらいました。普通なら不安に感じる部分かもしれませんが、私はむしろ「何も決まっていないからこそ、自分たちでつくり上げていける」と感じました。


前職と同じ広告業界の法人営業職にも応募していましたが、もう一度同じ仕事をするより、経験したことのない仕事に挑戦したいという気持ちがありました。中国語を生かせることと、まだ形が決まっていない環境で新しいことに挑戦できること。この2点が入社の大きな決め手でした。  

利益にならない支援に届いた、中国の「錦旗(きんき)」

―仕事をする中で、特に印象に残っているお客様とのエピソードはありますか。

不動産会社を通じてご紹介いただいた、中国人のお客様のライフライン手続きをお手伝いしたときのことです。法人名義のお客様でした。


当時、グローバル営業部では社内運用上、法人契約を取り扱う体制になっていませんでした。そのため、当社の契約実績や利益にはつながらない案件でしたが、日本での生活を無事に始めていただけるよう、必要な手続きを無償でサポートしました。


その後、その会社の代表者様からWeChatを通じて、「本当に感謝しているので、ぜひ錦旗を贈りたい」とご連絡をいただきました。最初は恥ずかしさもあり、「お気持ちだけで十分です」と何度もお断りしたのですが、それでも贈りたいとおっしゃってくださったため、ありがたく受け取りました。


中国で錦旗は、深い感謝や敬意を表すために贈られる特別なものです。私たちの対応が直接的な利益につながらないことをお客様もご存じだったからこそ、より強く感謝してくださったのだと思います。「日本での新生活を支えたい」という思いが伝わったことを実感できた、今でも印象に残る出来事です。


仕事を始めてからは、外国人のお客様だけでなく、不動産会社や管理会社が抱える悩みや不安も知るようになりました。日本特有の生活ルールや慣習を知らないことでトラブルになることもあれば、不動産会社や管理会社が言葉や文化の違いから対応に苦労することもあります。自分自身が住まい探しに苦労した経験があるからこそ分かることと、支援する立場になったからこそ見えてきたことがあります。一方だけを責めるのではなく、お互いの背景や考え方を理解することが大切だと感じています。

5人から32名へ。急拡大する多国籍チームを「仕組み」で支える


―入社後、9カ月で係長、1年9カ月で課長へ昇進しました。どのようなことに取り組んできたのでしょうか。

グローバル事業は立ち上げ段階から関わっているため、営業や現場業務だけでなく、事業の仕組みづくりにも携わってきました。日本人向けサービスをそのまま外国籍のお客様へ提供できるわけではありません。国や言語、取引先によって運用ルールが異なるため、その違いを整理しながら、現場が混乱しない形にしていく必要があります。


―係長・課長への昇進につながった実績について教えてください。

係長への昇進時には、社内指標である「対期待値評価」で330%を達成した営業成績を評価していただきました。昇進直前の3か月間の個人売上は約500万円で、同時期に比較対象となったメンバーの実績を大きく上回りました。


係長に就任してからは、自分自身の営業成績だけではなく、グローバル営業部全体の成果に責任を持つ立場になりました。課長への昇進につながった2025年10月から2026年3月までの半年間は、約30名のチームをマネジメントし、チームとして対期待値評価126%を達成。同期間の売上は約2.2億円となりました。

内訳は、電気約19,000件、ガス約3,500件、回線約900件で、提携社数は約100社です。


これは私個人の売上ではなく、係長としてメンバー全体をマネジメントしていた期間のグローバル営業部全体の実績です。自分が数字をつくる立場から、チームで成果をつくる立場へ変わったことは、管理職として大きな転機でした。


立ち上げ当初、チームは5人でしたが、現在は12カ国・32名まで拡大しました。対応言語も当初の12言語から、日本語を含む26言語へ拡大しています。年間の対応件数は事業開始期と比較して約2.4倍に伸び、2026年7月末までに累計約7万人の新生活に伴うライフライン契約手続きをサポートしました。


―具体的に、どのような仕組みをつくったのですか。

代表的なものは4つあります。1つ目は、前日までの進捗や達成率、対応したリスト、チームごとの目標などを一覧化した朝礼用シートです。「目標まであとどのくらいか」「何が足りないのか」「どこを改善すべきか」を全員が把握できるようにしています。朝礼で責任者が話す内容も事前に文字や画像で共有し、日本語に不慣れなメンバーが翻訳ツールを使って内容を確認した上で参加できるようにしています。


2つ目は業務マニュアルです。各チームの役割やルールだけでなく、Zoom Phone、OmniContact(オムニコンタクト)、kintone、Chatwork、WeChat、WeComなど、日々使うツールの操作方法や日次報告、リスト投入の手順まで細かく整理し、特定の人にしか分からない業務を減らしました。


3つ目は休憩時間の管理ルールです。多言語対応では、中国語、英語、ベトナム語など、各言語を担当できるメンバーが常に必要です。そこで休憩予定を見える化し、特定言語の担当者が全員同時に不在にならないよう、担当者同士で調整する仕組みをつくりました。


4つ目はオペレーター向けの案内ツールです。SNSサポートチームのトークスクリプトをゼロから作り、架電チームで複数のWordファイルに分かれていたスクリプトも、一つのExcelへ集約しました。お客様、商材、リスト、対応言語に応じて必要な内容を選べるようにし、「このExcelを開けば案内できる」という状態にしました。


常に意識しているのは、業務を特定の人に依存させず、誰が担当しても同じ水準で対応できる状態にすることです。特に多言語・多国籍のチームでは、「言わなくても分かる」ではなく、誰が見ても理解できる形にすることが大切だと考えています。

「本当に私で大丈夫ですか」―24歳で課長になった不安

―課長への昇進を聞いた瞬間、どのように感じましたか。

最初に思ったのは、「本当に私で大丈夫ですか」ということでした。うれしさよりも、不安な気持ちの方が大きかったのが正直なところです。


係長として、課長がいない期間にチームを任され、営業部長と二人三脚で組織を大きくしてきた自負はありました。一方で、その過程ではうまくいかなかったこともあり、自分に足りない部分も分かっていました。組織体制を考えれば自分が課長になる必要があることは理解していましたが、自分自身がその役職にふさわしいのか、すぐには自信を持てませんでした。


係長だった頃は、役職として求められる以上の仕事をし、結果も出しているという自信がありました。しかし、課長に求められる役割や基準は、まだ明確に見えていません。特にKPIを読み解き、数字をもとに素早く判断する力については、自分に足りない部分だと感じています。


その一方で、業務を仕組み化して徹底する力や、決めたことを最後まで実行する力には自信があります。また、自分が教えてもらえず苦労した経験があるからこそ、現在の係長にはツールの使い方から数値管理まで時間を設けて丁寧に伝えています。今は自分自身を“見習い期間”だと捉え、持っている力をすべて出しながら、足りない部分を一つずつ身につけているところです。

“当たり前”を前提にしない、多国籍チームで取り組んだ業務の仕組み化

―多国籍チームをマネジメントする中で、文化の違いを感じた場面はありますか。

特にギャップを感じたのは、「報告・連絡・相談」に対する認識です。日本の職場では、何か問題が起きたら上司へ報告・連絡・相談することが、ある程度当たり前とされています。しかしグローバル営業部では、同じ言語を話すメンバー同士で相談し、自分たちのコミュニティーの中だけで解決しようとする傾向があり、必要な報告が上がってこないことがありました。


「何かあったら報告してください」と伝えるだけでは行動につながらなかったため、報告・連絡・相談の意味や、何を、いつ報告するのかまで具体的に示すようにしました。また、私に直接言いにくい場合は、ほかのメンバーを通して伝えてもよいとするなど、複数の相談方法を用意しています。


もう一つ印象に残っているのが、「メールやTeamsは日常的に確認するものだと思わなかった」と言われたことです。日本企業で働いた経験があれば自然に身につく習慣も、初めて働く人には、誰かが教えなければ分かりません。そこで、メールの確認方法やフォルダー分け、優先して確認すべき連絡などもマニュアルにまとめました。

この経験から、「これくらいは言わなくても分かるだろう」と考えず、一つひとつ具体的に言葉にし、仕組みに落とし込むことの大切さを学びました。

反対意見よりも、「誰も意見を言わなくなること」の方が怖い

―マネジメントするうえで、大切にしていることはありますか。

課長になって強く感じるようになったのは、反対意見が出ることよりも、「誰も意見を言わなくなること」の方が組織にとって怖いということです。外国人材の場合、言語や文化の違いによって、自分の意見や違和感をうまく伝えられず、「理解してもらえない」「組織の一員として受け入れられていない」と感じてしまうことがあります。


そこで、私に直接報告や意見を送れる、社内の「ご意見箱」のようなGoogleフォームを設置しました。メール、Chatwork、Teams、WeChat、WeComなど複数の連絡ツールを使っており、私自身も会議などで席を外すことが多いため、私が不在でも、現場で気づいたことをいつでも伝えられるようにするためです。


フォームを始めた6月中旬ごろから8月10日までに、約20件の意見が寄せられました。職場環境に関する相談や担当リストを巡るトラブルだけでなく、「このリストでは電気・ガス・水道・インターネット回線のすべてを案内できない」といった、サービスや運用に関する現場からの報告もあります。


一方の意見だけで判断せず、複数の報告や実際の状況を確認した上で、当事者間の仲裁や個別の注意を行います。サービスに関する気づきは定例会議の資料に反映し、提携先への提案や運用方法の見直しにもつなげています。Googleフォームは単なる問題報告の窓口ではなく、オペレーターにしか分からない現場の変化や気づきを集め、チーム運営や事業改善へ生かす仕組みになっています。


―仕事や人との向き合い方で、軸にしている考えはありますか。

座右の銘として大切にしているのは、儒教の「中庸」にある「中也者,天下之大本也;和也者,天下之达道也」 という言葉です。感情が生じる前の偏りのない状態を「中」、感情が状況に応じて適切に表れることを「和」とし、それぞれを天下の根本、広く通じる道と説いています。


この考え方を、私は単に人と仲良くすることや、波風を立てないことだとは考えていません。自分の感情や人との関係、仕事などに偏りなく向き合い、周囲との間に無理のない調和を保つことだと捉えています。


自分の感情、人との関係、仕事、欲望、お金、損得、成功や失敗。何かを否定したり、なくしたりするのではなく、それぞれをあるべき場所に置き、自分との間にちょうどよい関係を保つ。自分と人、自分と物事、自分と世の中との間に、ちょうどよい調和を保つことを大切にしています。多国籍のメンバーを率いる今、この考え方は、相手との違いを受け入れながら、組織として同じ方向を目指すうえでも大切な軸になっています。

外国人材を「採用する」だけで終わらせない。会社全体で受け入れる体制を

―外国人材を採用する日本企業に、最も伝えたいことは何ですか。

外国人材を採用するのであれば、まず、その人の文化や、日本人とは異なる考え方・習慣を受け入れる覚悟を持ってほしいと思います。一方で、外国人だからといって必要以上に日本人と分けるべきではありません。所属する部門が違っても、外国人社員も日本人社員も、同じ会社の一員であることに変わりはないからです。


例えば、外国人社員のオリエンテーションや研修を、言語の違いを理由にすべて現場へ任せてしまうことがあります。しかし、現場の管理者がその社員の母国語を話せるとは限りません。外国人材を採用するのであれば、採用後の教育や社内制度まで含め、会社全体で受け入れる体制を整える必要があります。


また、管理者と本人が十分に意思疎通できる共通言語があることも重要です。ただ採用人数を増やすのではなく、入社後に誰が教育し、どのように支援するのかまで考えた上で採用する。そして必要な支援を用意した後は、日本人社員と外国人社員を過度に区別せず、同じ会社のメンバーとして、共通のルールや目標のもとで働ける環境をつくることが大切だと考えています。

目指すのは「外国人のライフラインならRenxa」と思い出される存在

―今後、グローバル事業やチームをどのようにしていきたいですか。

事業としての目標は、業界ナンバーワンになることです。「外国人のライフラインのことならRenxa」と、真っ先に思い出していただける存在を目指しています。

そして、もう一つ変わらない目標が、この事業に関わるメンバー全員に幸せになってもらうことです。正社員だけでなく、業務委託や派遣として支えてくださっている方も含め、全員が仕事に見合った収入を得て、日本で安心して生活できること。さらに、母国で暮らす家族へ十分に仕送りができるくらい、経済的にも安定してほしいと心から思っています。


その思いが強いからこそ、成果を出してもらうために厳しく接することもあります。ただ、「幸せになってほしい」という自分の考えを押しつけているだけではないかと迷うこともあります。多様な価値観を尊重しながらも、会社として決めたことを全員が実行できるようにする。人や国籍によって対応を変えるのではなく、全員に同じルールと基準を示し、Renxaの一員として共通の目的へ向かえる組織にしていきたいです。


将来的には、私一人がずっとチームのトップに立ち続けるのではなく、次のリーダーが育ち、組織の中で役割が循環していく状態にしたいと考えています。特定の人がいなければ成り立たない組織ではなく、メンバー自身が考え、成長し続けられるチームをつくっていきたいです。

「課長です」と胸を張れる自分へ。探究し続けるキャリアを


―許さん自身は、今後どのようなキャリアを目指していますか。

まず目の前の目標は、自分自身を「課長」として認められるようになることです。係長だった頃は、自分の仕事や実績に自信を持ち、「私がグローバル営業部の現場責任者です」とはっきり言えていました。しかし今はまだ、取引先に対して自分から課長だと名乗ることにためらいがあります。いつか胸を張って「私がグローバル営業部の課長です」と言えるようになることが、今の一番身近な目標です。


中期的には、社会の変化に柔軟に対応できる人でありたいと思っています。これからAIをはじめとする新しい技術が広がり、仕事や組織のあり方も変わっていくはずです。その変化をただ受け入れるだけでなく、「その中で自分には何ができるのか」「どのような立場で価値を生み出したいのか」「どのような組織をつくりたいのか」という自分なりの軸を持ちたいと考えています。


長期的な役職や肩書きは、まだ具体的に決めていません。ただ、物事の根底にある仕組みや、それが動く理由を知りたいという探究心は、これからも持ち続けたいです。私は決して、何でもすぐに理解できるタイプではありません。それでもここまで歩んでこられたのは、分からないことをそのままにせず、知りたいと思って学び続けてきたからだと思っています。40歳、50歳、60歳になってもその探究心を失わず、そのときどきに興味を持った分野で学び、挑戦し続けられるキャリアを築いていきたいです。

「Lifestyle Advisor Global」について

Renxa株式会社が展開する、外国人の方の日本での新生活を支援するサービス。多言語対応による電気・ガス・水道・インターネット回線などライフライン契約のサポートをはじめ、設備の故障・修理に関する相談、生活情報や役所手続きの案内など、入居後に発生するさまざまなお困りごとに寄り添い、解決に向けたサポート「Global Support Desk Plus」の運営、日本語学校・留学センター・外国人専門不動産会社などとの提携開拓を進めています。

許 明月(シュ ミンユエ)プロフィール

2001年、中国生まれ。8歳で来日し5年間日本で生活した後、中国へ帰国。2020年に立正大学文学部哲学科へ入学。2024年7月、Renxa株式会社へ外国籍社員第一号として入社。2025年4月にグロース事業部グローバル営業部係長、2026年4月に同部課長へ就任。現在は12カ国・32名からなる多国籍チームを率い、外国人向けライフスタイル支援サービスの運営や提携先開拓などに携わる。


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