「大学卒業したときは200-300万円くらいのローンを抱えていた。借金が一番怖かった」
お笑い芸人のパックンはそう語る。
子どもの頃から貧困状態にありながら、持ち前の明るさと努力で名門ハーバード大学に進学。奨学金を借りながら大学に通っていたのだが、卒業後しばらくは日本に来ても奨学金返済のことが頭を離れなかったという。
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そんなパックンが、日本の子どもの貧困の現状を取材しつつ、自らの生い立ちを振り返った著書『逆境力』(SB新書)を出版した。フジテレビュー!!では、1年以上にわたるパックンの取材に同行。その内容を連載でお届けする。
今回は、「奨学金肩代わり」というユニークな制度を導入している会社をパックンが訪問。
制度を取り入れているノバレーゼの本社で、導入の経緯や反応などを、発案者の佐藤慎平さんと、制度を使って返済している岩井雄紀さんの2人に話を聞いた。
僕だけではないんだなと…
パックン:佐藤さんが奨学金制度を仕切っている担当で間違いないですか?
佐藤:そうですね。ただ、私も大学時代に奨学金を借りていて、社会人になってずっと返していました。なので、制度を仕切っている側でもあるのですが、会社からお金をもらった側でもあります。
パックン:制度の内容を教えてください。
佐藤:奨学金を返している正社員に、最大200万円を支給する制度です。勤続年数が5年と10年の社員に、奨学金の返済資金として100万円を支給します。
パックン:5年勤務したら100万円、さらに5年勤務したら100万円で、合計200万円。それで完済できました?
佐藤:できました。僕は返済の残りが100万円を切っていたので、1回目の100万円の時に80数万円をもらって完済しました。
パックン:じゃあ、80数万円しかもらえなかったの?「あ!早く返しすぎたー!」とは思わなかった?まるまる100万円もらえたかも知れないのに、返済を頑張りすぎた。
佐藤:思いました(笑)でも、十分嬉しかったです。
パックン:制度は佐藤さんが入社する前からあったんですか?
佐藤:制度は、僕が発案者で作らせていただきました。
最初の仕事はウエディングプランナーだったんですが、社会人になって奨学金を返し始めていました。若手なので、たくさん給料をもらえるわけではなく、生活しながら奨学金を返済するのが、金銭的につらいなと感じていました。
会社の飲み会の場でそういう話をしたところ、「私も借りている。返済がやっぱり私も大変だわ」と言う人がいたんです。「僕だけではないんだな」という気づきがあって、福利厚生の制度として作れないかと思ったのが最初のきっかけです。
パックン:日本のビジネスを伸ばすのは飲み会だとつくづく思いますね。
佐藤:総務人事部という福利厚生の制度を作ったり運用したりする部署に移って、私にも新しい何かできないか考えた時に、この奨学金返済支援制度を会社に提案をしたら、いいねと。
パックン:アメリカでも似たような返済支援制度を作っている会社があって、例えば「社員さんが月々100ドル払っているなら会社も100ドル払おう」などとマッチングしていることが多いけど、「100万円ポン」というシステムにはどうやってたどり着いたんですか?
佐藤:最初は色々な案があって、毎月支給することが案としてないことはなかったんですが、せっかく支給するので、会社にもその人にもメリットがある制度がベストだろうと。
会社としては、奨学金を支援するのは「優秀な学生に入ってもらって、長く働いてもらって、会社で活躍してもらって、貢献してもらう」というのが目的のひとつでもあるので、5年というひとつの区切りを作って、「ありがとうね、がんばってね」とするのがいいだろうと。
パックン:効果はどうでしょうか。「10年と2日で会社をやめる人」などは出ないですか?
佐藤: まだ実績が数十人なのですが、奨学金をもらって、ありがとうございましたと退職する人はいないです。
逆に「こんなにやってくれてありがとう」と、会社への想いが強くなっているケースがすべてで、みんな活躍してくれているので、大変効果があったと思います。
結婚と住宅購入が後ろ倒しになっていたかも
岩井:私は2012年4月に入社したんですが、制度ができたのがその年の7月です。なので、入社するまではなかったんですね。
パックン:2012年入社ということは、すでに100万円をもらっていて、2022年に完済できたら翌日にやめる予定は?
岩井:ございません(笑)
私の場合、社会人になってから20年で完済予定で、毎月2~3万円を返していました。
パックン:大きいですね。ローン返済しながら自分の人生計画を立てなきゃと大学に入学する前に考えていました?
岩井:少しは考えていました。ただ、初任給をいただいてから毎月その額が返済されていくのを実感したときに、大変だなというのはすごく感じましたね。
パックン:20年ローンって、住宅ローンと同じ年数ですよね。住宅ローンはその間も住めるし、払い終わっても住めるけど。
もちろん、大学で学んだこと、大学の資格を持って入社することでメリットはあるけど、払い続けているメリットをどこまで感じられるかは微妙ですよね。大学4年、行ったきりじゃんって。
岩井:なので、入社してからそういう制度ができると聞いてびっくりしましたね。
社会人1年目から5年目までは、返済分を逆算して生活をする時があったので、社会人は大変なんだなと感じましたね。
パックン:おふたりは生活費を切り詰めるようなことはありませんでしたか?
佐藤: 4年目で東京に移ってきてからはものすごく大変で、食費を抑えるためにパスタを茹でて、それにふりかけをかけて食べるという生活がちょっとありました。家賃が高いところに住みすぎたのもあったんですけど(笑)
パックン:僕は、大学卒業した時は200-300万円のローンを抱えていたんだけど、借金が一番怖かった。だから、福井の英会話学校に就職した時は、近くのパン屋さんでパンの耳をもらって炭水化物をとっていましたね。タダですから。
その後、芸能人として売れて、「あのパン屋さんのおかげでなんとかここまで来られたんだ」と思って、御礼を言いに行ったら、パン屋さんが潰れていたんです。パンの耳をもらいすぎたかなと、すごい罪悪感にかられているんですよ。
この制度がなかったら、人生は変わっていたと思いますか?
佐藤:結婚と住宅購入のタイミングがどうだったのかなと考えます。
結婚して結婚式の費用が数百万かかったんですけど、親の援助とこの支援制度に助けられました。
それと最近、マンションを買ったんです。なんとかかんとか妻と一緒のローンで買ったんですが、返済支援がなかったら正直出せていたのかなと思います。
そうした大事なイベントが後ろ倒しになっていた可能性はあったんだろうなと、いま気づかされました。
パックン:婚期が遅れると少子化が進む。そして、税収が減って、支援が必要な子どもが増えるという、社会的な悪循環にもなるから、支援する会社の取り組みも大事だけど、奨学金無償化でも社会のためになる気がしますね。
岩井:学生時代に努力したと部分を会社が評価してくれて、返済制度を作ってくれたのは感謝の気持ちが強いです。
自分に何ができるかわかりませんが、もっと自分が貢献しないといけないな、何か結果を残したいなと思うようになりましたし、その心持ちは強くなったかなと感じています。
パックン:一流の人材である学生さんを支援する、一流の人材である社員さんを支援する、会社、大学、国にとっても、将来を豊かにする策として素晴らしいと思います。
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